特別対談 ゴールドマン・サックス証券 X 日本郵船

真の企業価値向上に向けて(抜粋版)

ESG経営推進グループの新設、「NYKグループESGストーリー」の発表、ESG経営推進委員会の設立、とESG経営の本格的な推進に向けた準備を着々と進めてきた日本郵船グループ。この活動を形骸化させないために何が必要か。そのESG経営をリードする社長の長澤と、ESG経営推進委員会のアドバイザーとして招聘したゴールドマン・サックス証券(株)業務推進部長の清水氏が、今後のESG経営における課題について意見を交わしました。

いかに腹落ちさせるか

長澤

先日、ESG経営推進グループが、ESG経営に対する社員意識調査のアンケートを取ってくれました。2020年のアンケート結果に比べ、2021年は確実に意識が高まったことが窺える結果ではありましたが、まだ満足できる内容とは言えません。例えば、「ESGの重要性は理解できても、取り組む『時間』がない」という回答には大きな違和感を覚えました。企業で働く時間は、個人の社会活動の時間でもあります。ESG視点で事業に取り組むことは、個人の日々の生活にESG視点を取り込むことと同義であり、時間があるかないかは関係ありません。
「ESGの自分ごと化」をいかに腹落ちさせるか。今、最も腐心している経営課題の一つです。清水さんに入っていただいたESG経営推進委員会をはじめ、ESG経営の布陣はかなり充実させることができましたが、ESG経営推進委員会のメンバーでさえ意識に差や違いがまだあると思います。一見遠回りに映るかもしれませんが、日本語、英語、中国語で作成した「NYKグループESGストーリーブック」を手に、世界中のグループ社員と対話を丁寧に積み重ねていくことが、私が思い描くESG経営への近道ではないかと考えています。

清水

ESGに対して取り組む「時間」がないという発言は、まだESGを業務外のものとして認識しているということですね。ESGを業務の中にしっかりと織り込んでいけるようにするには、決して上からの押し付けではなく、社員に対する丁寧な対話というのが重要だと私も思います。
一方で「時間」というのは、ESG経営における重要なキーワードでもあります。さまざまなステークホルダーを意識し、中長期的な「時間」軸で経営判断を繰り返す経営陣は別として、日々お客さまを目の前に仕事をする現場社員は、どうしても短期的な時間軸で判断しがちです。現場社員にとってESGがどこか他人ごとのように捉えられてしまうのは、多くの企業が直面する課題です。目の前の仕事に注力する中で、時間軸の異なるESGをどう自分ごと化してもらうか。対話以外にも具体的な仕掛けも必要なのではないでしょうか。

長澤

海運業でもさまざまな船種があり、グループを見渡せば、航空運送事業や物流事業もあります。もしかしたら、経営陣は現場を理解していない、という意見もあるかもしれない。しかし、例えば、世界で食糧難が叫ばれる中、日々の生活においてもESG視点を取り入れ、食料を無駄にしない行動を心掛ける社員が一人でも多く在籍する企業には多くの共感が集まり、結果、企業価値向上にもつながると思うのです。ESG経営を突き詰めれば、一人ひとりの意識改革に焦点を当てた人材育成そのものなのかもしれません。

清水

世界中から共感される会社で、「自分の活躍した証を残すことができる」と社員一人ひとりに思ってもらえる会社にしたいですよね。そこから逆算して、今どんなことに取り組むべきなのか。世の中の潮流を読む情報収集、コンプライアンスの徹底など、いくつもありますが、一番大切なことは、企業文化や風土だと思います。ガバナンスには内部統制やコンプライアンス的な響きがありますが、実は目的意識や考え方そのもので、すなわち、ガバナンスはニアリーイコール企業文化だと思っています。細則主義では、思考停止に陥るだけで、長澤社長が目指す本当の意味での意識改革は達成しえない。未来の世界からも選ばれる会社であり続けるという目的を見据え、社員一人ひとりが日々の行動を判断する、そんな企業文化や風土が求められるのではないでしょうか。

長澤

本当におっしゃる通りです。時代や社会がどんどん変わる中で、細かく規則を定めてもあまり意味がありません。自分の行動が目的に沿っているのか、現行のルールを変えたほうがいいのではないか、そうした意識を持つことが重要です。その一方で、わからない、判断が難しいという場面もあるはずです。現場の社員には、まず「ESG」のモノサシで判断してもらいたい。判断が難しいものについては相談窓口を作り、会社として具体的な指示を出す仕組みを考えています。要は、グループ社員にESGに関わる迷いや悩みを持たせないようにしたいのです。

いかに「儲けなくていい覚悟」ができるか

清水

真の企業価値向上という観点においては、語弊があるかもしれませんが、「儲けなくていい覚悟」も必要でしょう。ビジネスにおいて100%儲かる案件はなく、ある程度のリスクテイクは付き物です。目の前のリターンに飛びつく前に、「ESG」のモノサシを持って、時間軸で整理しながら冷静にリスクとリターンを判断しなくてはなりません。
ガバナンスというのは、シンプルに言うと、短期的には儲けなくてもいいという判断もあると認識し合うことなのかもしれません。
また、リスクを取った結果として仮に事業が頓挫することになっても、それは失敗ではなく、次の成功に向けた糧と捉えるべきでしょう。リスクを取ることを恐れすぎてはいけませんし、取ったリスクに対して鈍感になっていいわけでもありません。長期的なビジョンを描くためには、リスクと正しく向き合うことが重要なポイントです。

長澤

すぐには収益が上がらなくても、ESG経営に資する案件であれば、短期的に他の収益を犠牲にすることになっても、取り組みたいと現場が伝えてくる場面があります。事業性やリスクが時間軸で整理され、現場がしっかりとしたビジョンをもって将来の企業価値を生む案件であれば、ゴーサインを出しますよね。収益貢献に時間がかかる点については我慢が必要です。一方で、リスクを取って事業に失敗した場合は、どの点でプロセスの管理や評価が不十分だったのか、徹底的にチェックしなければいけないと考えています。

清水

企業には中期経営計画ではなく、10年、20年スパンの長期的なビジョンや戦略を示して、説明責任を果たす姿勢がますます求められます。長期的な目線で物事を語るには覚悟や信頼関係が必要で、企業側も相当な努力が必要になると思います。これは「経済界の明治維新」と言っても過言ではないくらいの変革だと私は思っていまして、決して簡単な取り組みではありません。御社のように歴史ある会社のマインドが大きく変われば、他の日本企業にも大きな影響を及ぼします。

長澤

私は清水さんの講演をお聞きして、このままでは日本郵船は本当にまずいと痛感し、その瞬間から意識を180度変えて、ESGストーリーを考えるようになりました。今日の清水さんのお話も非常に心強く感じています。これからも、ESG経営推進委員会で当社メンバーに対し、多角的な視点から鋭いご意見をぜひお願いします。ありがとうございました。

(2021年4月取材)