(第1回)巨大船を動かす、海技士の世界——航海士・機関士の役割や当直の仕組み
公開日:2026年10月08日
更新日:2026年10月08日

日本の国際貿易量の99.5%※は外航海運が担っています。大きいものでは全長300メートルを超えるような外航船も、実際には20~30人程の乗組員で動かしています。「海技士」の国家資格を持つ航海士や機関士をはじめ、乗組員一人ひとりが高い専門性を発揮して、暮らしや産業に欠かせない消費財やエネルギー資源などを世界中へ運んでいます。特に、日本郵船では、海技士免許を保有し、海上だけでなく陸上でも活躍する人材を「海技者」と呼んでいます。このシリーズではこの「海技者」を中心に、海運業を担う外航船員の仕事を全3回に分けて紹介します。
※ 重量(トン数)ベース。出所:国土交通省「海事レポート2025」
1隻の船は、小さな会社 ——甲板部(デッキ)と機関部(エンジン)、船内の役割分担
普段なかなか知る機会の少ない船の中では、どのような人たちが働き、どのような組織があるのでしょうか。
船で働く船員は、大きく「職員」と「部員」に分かれます。職員は国家資格である海技士の免許を持ち、船の運航を担う専門職で、船長や航海士、機関長や機関士などがこれにあたります。一方、部員は職員の指示のもと、甲板作業やエンジン設備の整備など、それぞれの持ち場で船の運航を支えています。
船に乗り組む船員の資格や人数は、船の大きさやエンジンの出力、航行する区域によって定められています。日本郵船が運航する外航船では、おおむね20~30人ほどが乗り組みます。1隻の船は、小さな会社のようなもの。責任者である船長を中心に、それぞれ専門性を持つ船員が集まり、「安全・確実に貨物を届ける」という共通の目的のもとで働いています。例えば、会社に営業部門や技術部門があるように、船にも役割ごとの組織があります。
船の仕事は大きく2つに分けられます。安全な航海を担う仕事と、それを機関・設備の面から支える仕事です。 前者を担うのが甲板部(デッキ)です。船長のもと、一等航海士、二等航海士、三等航海士がそれぞれ役割を分担し、航路の確認や操船を担当します。積み荷の管理や船体のメンテナンスも航海士の重要な仕事です。主な持ち場であるブリッジ(船橋)では一等・二等・三等航海士の3人が4時間ごとに交代(三直制)で当直(ワッチ)に入り、24時間体制で安全な航海を担います。
日本郵船_航海士の仕事_INTERVIEW
後者を担うのが機関部(エンジン)です。船の心臓部であるエンジンを守るチームで、機関長をトップに、一等機関士、二等機関士、三等機関士らがメインエンジンや発電機、ボイラーなどの運転・管理、点検・整備を担い、故障が起きた際には修理も行います。エンジンの技術は年々進歩し、性能も向上していますが、故障を未然に防ぎ、異変をいち早く察知するのは、今も人の経験に基づく気づきです。機関室を日々見回り、音や温度、圧力などのわずかな変化を五感で捉えながら、微細な兆候にも細心の注意を払います。
陸から離れた大洋の真ん中を航行する際、機関部は甲板部のような当直制ではなく、「M0(エムゼロ)運転」と呼ばれる方式をとっています。通常の作業は日中に行い、夜間は機関室を無人化。万が一、夜間に異常が発生した場合はアラームが作動し、当直機関士がすぐに対応します。
このほかにも、甲板部の一部である司厨部(ギャレー)は、船内の食事や生活環境を支える重要な役割を担っています。さまざまな役割を持つ船員が力を合わせることで、巨大な船は安全な航海を続けています。
【海上職の仕事について詳しく知る】
世界中の仲間と支える航海——航海士・機関士のキャリアと多国籍チーム
どんな船長や機関長にも、最初の航海があります。航海士や機関士は、経験を積みながら少しずつ責任ある役割を担っていきます。航海士は三等航海士、二等航海士、一等航海士を経て船長へ、機関士は三等機関士、二等機関士、一等機関士を経て機関長へとキャリアを重ねます。当社の例で言うと、個人の経験や資格の取得状況にもよりますが、入社後10数年から15年ほどで船長や機関長を担うようになります。一つひとつの航海で経験を積み、先輩から技術や判断力を学びながら成長していく。それが船員という仕事の大きな特徴です。
船では、日本人だけでなく、フィリピンやインドをはじめ、世界各国・地域の船員が力を合わせています。当社グループが運航する船は、コンテナ船、自動車船、タンカー、LNG船、ばら積み船など912隻(2026年3月末時点)。そして、さまざまな国籍の船員約2万人がその運航を支えています。 船内で飛び交うのは、日本語だけではありません。国籍も文化も異なる船員たちが同じ船に乗り組むことも多く、共通語である英語でコミュニケーションを取ります。現在、当社グループが配乗する船員は、フィリピン人が約6〜7割、インド人が約2割を占め、クロアチア人や日本人などが続きます。近年はベトナムやミャンマー、タイ、アフリカなど新たな国・地域にも目を向け、船員を安定的に確保することを目指しています。
また、船員を「採用する」だけでなく、「育てる」ことにも力を入れています。フィリピンでは現地パートナーと共同で船員養成学校「NYK-TDGマリタイム・アカデミー(NTMA)」を運営し、船舶の運航に関わる知識だけでなく、当社グループの安全文化や船員としての心構えを学生時代から学ぶ機会を提供しています。卒業生は世界中の海で経験を積み、将来の船長や機関長へと成長していきます。2007年に開校したNTMAから、これまでに1707人が卒業しました(2026年3月時点、第1期生から第15期生まで)。当社グループの船で航海士や機関士として活躍し、船長や機関長も誕生しています。
比商船大学NTMA第15期生76名が卒業 | 日本郵船株式会社
一方、日本人海技者の多様化も進んでいます。2006年には邦船社で初めて、一般大学の卒業生を採用して自社で一から海技者に育てる「自社養成」を始めました。現在では、新卒で入社する海技者の約半数を自社養成の社員が占めています。2020年4月には、自社養成の第1期生が一般大学出身者として初めて船長に就任しました。2004年から女性の海上職社員を採用を開始し、2026年4月時点で、40人の日本人女性海技者が海上・陸上を問わず活躍しています。当初は年間1人程度だった採用数も、近年は毎年5〜8人ほどに増えました。2017年4月には当社初の女性船長が、2025年4月には同じく初の女性機関長が誕生しています。フィリピンのNTMAでも女子学生が学び、世界の海を舞台に活躍することを目指しています。
【航海士・機関士のキャリアについて知る】
海だけでは終わらないキャリア——海技士免許を持つ「海技者」の働き方
船員の活躍の場は船の上だけではありません。海技士の免許を持ち、航海士や機関士として培った知識や経験を生かして、海上と陸上の双方で活躍する人材のことを、当社では「海技者」と呼んでいます。日本郵船には約630人の日本人海技者がおり、その約半数は本社やグループ会社など陸上で勤務しており、船舶運航、安全管理、船舶管理、技術開発、人事や教育など幅広い分野で活躍しています。外国人海技者も教育・訓練や安全管理などの分野で陸上業務に携わっています。海で培った知識や現場感覚は、LNG燃料船やアンモニア燃料船など次世代船の開発、新規領域における事業の立ち上げなどにも生かされています。海技者の活躍の場は近年、さらに広がっています。
巨大な船を動かす一人ひとりの経験と判断が、安全運航を支える。その経験は海だけにとどまらず、新しい技術や事業を生み出す原動力にもなっています。それもまた、日本郵船グループで船員・海技者として働く大きな魅力の一つです。
次回は数カ月にわたる船内での暮らしを紹介します。












