日本郵船の舞台裏私たちの働き方

安全文化をつなぐ使命—日本で活躍するフィリピン人船長の視座

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日本郵船ドライバルク輸送品質グループ・安全品質チームで海務監督(Marine Superintendent)を務めるダニエル・タリファ・キャピラル(Daniel Tarifa Capiral)船長。フィリピンの名門商船大学 MAAP(Maritime Academy of Asia and the Pacific)を卒業後、2004年にIMMAJ(注)を通じて日本郵船グループへ入社。それ以来、船員として、そして教育者としてキャリアを積んできました。LPG船やLNG船、ばら積み船を中心に幅広い船種を経験し、船長昇格後は現場で培った経験をもとに教育・安全品質管理を担う貴重な存在です。海外の船主と安全に関する対話や訪船評価、日本郵船独自の安全基準「NAV9000」の普及に携わり、安全文化の最前線に立ち続けるキャピラル船長に、その思いを聞きました。

(注)IMMAJ(International Mariners Management Association of Japan):日本の船主・船舶管理会社などが加盟する国際的な船員労務団体。主にフィリピンをはじめとする海外において、船員の育成・教育・研修支援を行い、日本商船隊向けに優秀な外国人船員を安定的に供給する役割を担っている。

海事の道を選んだ原点──MAAPでの候補生時代

キャピラル船長は最初から海事の世界を志していたわけではありません。学生時代、興味を持っていたのは会計や銀行などのビジネス分野だったといいます。転機となったのは、フィリピン有数の商船大学MAAPの存在を知ったことでした。

「奨学金制度があり、学費は全額免除。候補生から士官まで一貫して育成する体制と、整った大規模な施設に強く惹かれました。家族に船員はいませんでしたが、厳格な校風と“海に出る”という未知への期待が新鮮で、この道を選ぶ決心をしました。」

MAAPでの訓練は軍隊式とも言われるほど厳しく、1年間は帰省できず、学業・規律・体力のすべてが求められる環境だったそうです。

「150人が入学し、卒業できたのは127人。責任感と規律を徹底的に叩き込まれました。この経験が、後の乗船生活や安全に向き合う姿勢の原点になっています。」
その後、2004年にIMMAJの選抜を経て日本郵船グループへ入社して以来、キャピラル船長は一貫して日本郵船グループでキャリアを歩んできました。

現場での経験をそのまま教室に持ち込む。「船と学校」を往復した日々

最初に乗船勤務をしたのはコンテナ船。その後、LPG船やLNG船などのガス運搬船、さらにばら積み船へと、経験の幅を広げていきました。ばら積み船では、VLOC(Very Large Ore Carrier:超大型鉱石運搬船)、ケープサイズバルカー、パナマックスバルカー、木材チップ船など、主要船種のほとんどを経験しました。

「この多様な乗船経験は、現在のドライバルク輸送品質グループでの仕事に直結しています。」

日本郵船のキャリアの特徴は、海上勤務だけにとどまらない点です。休暇期間中には、日本郵船グループが運営に関わるフィリピンの船員研修施設(NYK-FIL Maritime E-Training, Inc., NETI)や商船大学(NYK-TDG Maritime Academy, NTMA)で教育も担当し、海事系の科目を教え、学生に現場の知見を伝えてきました。

「海上で6カ月働き、陸上で3〜6カ月教える。そのサイクルを繰り返しました。現場での経験をそのまま教室に持ち込めたことが、学生の課題意識と現場での実情との両方を踏まえ、安全を体系的に教える力につながったと思います。この”現場と教育の往復”は、現在の本店業務でも大きな強みになっています。」

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ドライバルク輸送品質グループで果たす役割と、フィリピン出身者としての使命

キャピラル船長はドライバルク輸送品質グループ・安全品質チームに所属し、船舶の品質向上、乗組員のパフォーマンス管理、船主・管理会社との安全対話を担ってきました。日本に入港する船舶には訪船し、入港しない場合でもリモートで安全状態を確認する。対応先は、日本の船主だけでなく海外の船主や船舶管理会社にも及びます。こうした業務において、フィリピン人であることは大きな強みだといいます。

「ばら積み船の多くはフィリピン人クルーで構成されています。母国語で本音を聞き出せることで、安全だけでなく生活や福祉面の相談にも応じることができ、船員の士気向上にもつなげることができます。文化の架け橋になることが、日本郵船の本店で働くフィリピン人船長としての使命だと思っています。」

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本店勤務中も、実際に訪船して船員たちと密にコミュニケーションをとることも大きな役割の一つ

日本郵船独自の安全基準「NAV9000 Plus」が目指すもの

当社は1998年に独自の安全基準「NAV9000」を導入しました。同基準は、ClassNK(日本海事協会)から品質マネジメントシステムの国際規格「ISO9001:2015」の認証も受けている、国際基準に整合した安全管理体系です。2026年にはこれを全面的に刷新し、「NAV9000 Plus」としてアップグレードさせました。新たに「伴走」と「共創」をテーマに掲げ、丁寧なフォローアップを通じて、運航船舶の安全品質をさらに高めていくことを目指しています。

「NAV9000 Plusは単なる査察制度ではありません。日本郵船が長年積み上げてきた、安全文化やベストプラクティスを船主に共有する、いわば “安全パートナーシップ” です。」

船主との新規契約時には覚書を交わし、当社が求める安全レベルを共有。その後、会社監査や検船、改善提案を重ねていく。運航隻数が多くデータも豊富なため、実例にもとづく改善提案ができることも強みとなっています。

「重要なのは、指摘することではなく、信頼関係の上に安全文化を築くこと。その積み重ねが、事故の予防につながります。」

次世代の船員へ──「Safety Mind」を受け継ぐ

キャピラル船長が最も重視するのは、「安全意識(Safety Mind)」です。

「技術だけでは不十分です。誰にも見られていなくても安全を守り抜く責任感、危険を予測する力、規律と誠実さ。これは国際海運で共通して求められる資質です。特に日本郵船は業界でも安全基準が高い会社であり、それに応える姿勢が必要です。事故対応より事故予防に時間を使うこと、船主・管理会社との信頼関係を築くこと。それこそが、安全航行を守る基盤になります。私は候補生から船長、本店勤務まで日本郵船に育ててもらい、”Safety Mind” を醸成する多くの貴重な機会に恵まれました。安全への情熱が次の世代へ受け継がれ、より強い海事コミュニティが育つことを願っています。」

「日本では毎日、新しい発見がある」と語るその表情は穏やかで揺るぎありません。現場・教育・本店という三層にわたって日本郵船の安全文化を支えてきた言葉には、静かな、しかし確かな説得力があります。NAV9000 Plusが単なる基準ではなく「パートナーシップ」として機能している背景には、言語と文化を超えて人をつなぐ、こうした存在があるのです。

技術革新がいかに加速しようとも、安全の中心にあるのは、やはり 「人」 です。キャピラル船長の歩みは、その現実を雄弁に物語っています。

※所属・勤務地は2025年10月のインタビュー当時