日本郵船「ツウ」の方へ挑戦する企業

「NAV9000 Plus」、独自の安全基準が進化 伴走と共創で安全品質をより高みへ

海務グループ グローバル・マリタイム・クオリティー・アシュアランスチーム 鈴木道生 チーム長、船長 濱崎 隼 一等航海士

日本郵船は2026年4月、独自の安全基準「NAV9000」を進化させる。自社船にとどまらず、用船を含むすべての運航船に共通の安全水準を行き渡らせるという志の下、1998年に導入されたこの安全基準は、四半世紀以上にわたり、日本郵船の安全運航を支えてきた。決して日本郵船単独で完結する取り組みではない。用船船主、船舶管理会社というパートナーと共に、海運会社の経営の基盤となる「安全」に向き合ってきた。「NAV9000 Plus」へと刷新される取り組みは、伴走と共創の精神でより高い安全を目指す。「安全なくして信頼なし。信頼なくしてビジネスなし」。この理念の下、関係者と連携を深めながら、安全と品質の両立を追求する。

海運の品質保証の先駆け

 日本郵船グループの運航船や船主、船舶管理会社を対象とした独自の安全基準「NAV9000」は、日本郵船が運航者として安全運航と環境保護の責任を果たすことを目的として導入された。1990年代後半、海運業界では安全管理の責任主体は船主や船舶管理会社にあるという考え方が主流だった。しかし、日本郵船は、荷主の視点に立てば船の保有・管理形態に関係なく、運航者である自社こそが安全運航達成の当事者であるべきだと考えた。その意思を明確に示したのが「NAV9000」だった。
 導入時期は、国際安全管理コード(ISMコード)が、国際海事機関(IMO)の海上人命安全条約(SOLAS)に基づき発効した頃と重なる。海務グループ担当の樋口久也常務執行役員は「ISMコードに則って船舶管理会社が構築する安全管理システム(SMS)は、船舶の安全運航確保と海洋環境保護のための最低限の仕組みだったが、われわれはそこに日本郵船や荷主の要求事項も取り込んだ基準を作ろうとしたのが出発点だった」と振り返る。
 「NAV9000」の歩みは、海運業界における品質保証の先駆けと言える。「NAV9000」という名称には、ISMコードにも取り入れられた品質管理の国際規格「ISO9000」の思想が反映されている。「NAV9000」による安全・品質向上活動は、日本海事協会から品質マネジメントシステムの国際規格「ISO9001:2015」の認証を受けている。
 「NAV9000」を構成する要素は大きく三つに分かれる。一つ目は、国際海運に関わる4大条約(※)に基づく要求事項。二つ目は、過去の経験を通じて培った事故再発防止策やグッドプラクティスといった日本郵船独自の要求事項。三つ目が、荷主による業界要求事項だ。
 これらの要求事項を明文化し、船主や船舶管理会社に実行を求めている。日本郵船が独自基準として運用してきたものの中には、時代とともに業界の標準的な要求となったものもある。
 要求事項の遵守状況は「NAV9000アセスメント」によって確認する。船舶と船舶管理会社を評価する仕組みだ。チェックリストは約1500項目に及び、対象は日本郵船グループの運航船約800隻と、それらの船を保有・管理する船主・船舶管理会社約80社。年間のアセスメント実施件数は、船舶が約200隻、会社が約20社。数年で一巡させ、それを繰り返す。自社船、仕組船、用船の別なく、すべて同一の指標で評価する。
 船舶のアセスメントは、インド人やフィリピン人の海技者が中心となって実施し、日本、韓国、中国、東南アジアといった寄港地で1日をかけて行われる。2日間かけて行う会社の監査は日本人海技者が主に担い、近年は外国人海技者も同行して経験を積んでいる。
 評価は5段階で、最高評価の「5」から、事故や遅延の発生可能性が極めて高いことを示す「1」まで設定されている。評価が低い場合でも即座に用船を見送ることはなく、改善活動を支援する。この点に「対話」を根幹に据えるこの仕組みの思想が表れている。
 アセスメント結果を基に、船主や船舶管理会社が必要な改善策を講じることで、安全と品質の向上が積み重ねられてきた。その成果について、海務グループグローバル・マリタイム・クオリティー・アシュアランスチームの鈴木道生チーム長(船長)は「対話型のアセスメントは、安全品質の底上げに大きく寄与している」と語る。
 アセスメントの実効性は客観的なデータによっても裏付けられている。2024年の船隊全体の平均ダウンタイム(事故トラブルによって運航が停止した時間)は23.2時間だったが、前年にアセスメントが実施された182隻に限ると9.5時間となり、「10時間以内」としている目標を達成した。また、評価点が3.0以上という高水準の152隻は平均6.4時間、2.9以下では25.2時間と、明確な差が現れた。定期的なアセスメントで安全水準の維持を支援する。

(※)海上人命安全条約(SOLAS)、海洋汚染防止条約(MARPOL)、船員の訓練・資格証明・当直基準に関する条約(STCW)、海上労働条約(MLC)

NAV9000Plusのロゴマーク

NAV9000Plusのロゴマーク

NAV9000 Plusアセスメントの様子

NAV9000 Plusアセスメントの様子

主役は乗組員と船舶管理会社

 導入から30年近くが経過し、この間、国際規則や業界による安全基準は厳格化した。また、船舶や船舶管理会社は「NAV9000」以外にもさまざまな外部監査を受けており、オイルメジャーらで構成する石油会社国際海事評議会(OCIMF)や、資源メジャーによる船舶格付け会社ライトシップの検船など、直接的に荷主に関わる外部の監査に関心が移りつつあるとも感じていた。「重複による乗組員・船舶管理会社の負担増もあった。そこで、同じことを繰り返すのではなく、『NAV9000』の独自性を明確にし、価値を高める形に刷新したいと考えた」(鈴木氏)。安全品質をさらに向上させ、運航者としての責任を確実に果たすために、より高度な安全管理体制と実効性を確保する安全基準が必要と判断した。
 そこで策定したのが、進化版の「NAV9000 Plus」だ。基本的な思想や仕組みは継承しつつ、「伴走」と「共創」、「対話」をより意識し、船舶、船主、船舶管理会社などに対する丁寧なフォローアップを通じて、運航船の安全品質をさらに高めていく。
 「NAV9000 Plus」の進化のポイントは大きく四つある。
 一つ目は、絶対に譲れない安全の価値観を明確化した「Golden Rule(ゴールデンルール)の策定」だ。
 グローバル・マリタイム・クオリティー・アシュアランスチームの濱崎隼氏(一等航海士)は、「チェックリストにすると約1500項目にもなる膨大な要求事項の中から、ダウンタイム10時間以内と重大事故件数ゼロというわれわれの安全目標を達成するために、日本郵船として“ここだけは絶対に譲れないもの”を抽出した」と説明する。
 ポイントの二つ目が、アセスメント結果を分かりやすく示す「評価シートの導入」。三つ目が、船種ごとの事業部に配置される「アンバサダー」による手厚いフォローアップ体制の構築。四つ目が、「船舶管理形態に応じたアプローチの最適化」だ。実効性を高めるための施策が多角的に盛り込まれている。
 「NAV9000 Plus」を運営するうえで、日本郵船が強調するのは、「主役は乗組員と船舶管理会社である」という点だ。日本郵船は、自ら走ろうとする現場に寄り添い、ともに課題に対峙する伴走者であるという意識を持つ。このため、より「対話」を意識した運用とする。船舶や会社のアセスメントで不足箇所を診断するだけでなく、改善のための処方箋を提示し、定期的にフォローアップまで行う。「ホームドクターのような立場で一緒に品質を高め、荷主の要請に各社・各船が適切に対応できるように支援・共創していく」(樋口常務)
 また、要求事項も一部見直す。17年に行った直近の見直し以降、ドライバルク業界が立ち上げた船舶管理会社に対する評価の枠組み「ドライBMS」をはじめ荷主らが主導する取り組みも増えた。そこで、従来は推奨にとどめていた対応を、要求事項に加えることにした。荷主の各種要求事項も取り込むことで、「NAV9000 Plus」に対応できれば、荷主などの検船、寄港国による検査(PSC)などの大半をクリアできる姿を目指す。

「NAV9000 Plus」進化のポイント

プロジェクトを動かすキーパーソン
温故知新でつなげる安全文化

海務グループ グローバル・マリタイム・クオリティー・アシュアランスチーム
鈴木道生 チーム長、船長
濱崎 隼 一等航海士

海務グループ グローバル・マリタイム・クオリティー・アシュアランスチーム 鈴木道生 チーム長、船長 濱崎 隼 一等航海士

—— 海上職を目指したきっかけと、日本郵船入社後の業務内容を教えてください。
鈴木
もともとは飛行機のパイロットを目指していましたが、視力が基準に届かず、船の世界へ進むことにしました。東京商船大学(現・東京海洋大学)に進学し、縁あって2001年に日本郵船に入社しました。海上勤務ではLNG船を中心に、重量物船にも乗船しました。入社6年目以降は、海上勤務と陸上勤務を行き来し、陸上ではLNG船の船舶管理会社での安全管理業務、シンガポールの船舶管理会社での船員関連業務などを経験しました。また、マルコペイ社の立ち上げ時には、事業モデルの検討にも携わっています。その後、コロナ禍という特殊な状況の中で初めて船長としてLNG船に乗船し、現在は海務グループに所属しています。
濱崎
17年入社で、現在は一等航海士です。海上職を目指すようになったのは、東京海洋大学に入学したことがきっかけでした。もともとは東京の大学に進学したいという思いから東京海洋大を選びましたが、乗船実習を通じて船乗りの仕事の面白さに惹かれました。海上勤務では自動車船、コンテナ船、バルカー、LNG船、LPG船と幅広い船種に乗船してきました。23年6月から初めて陸上勤務となり、現在は「NAV9000」関連業務をはじめとする安全推進活動に携わっています。入社前は長期間の海上勤務に不安もありましたが、実際に乗ってみると楽しく、時間がたつのもあっという間でした。今では陸上勤務をしながら、再び船に戻りたいと感じている自分に驚いています。

—— 「NAV9000 Plus」プロジェクトにかける思いを聞かせてください
鈴木
「NAV9000」が創設されてから約30年。そして25年は日本郵船創業140周年という節目の年でもありました。そのタイミングで刷新に関われることに、不思議な縁を感じています。初乗船の際、当時の船長から「これを勉強しなさい」と「NAV9000」のチェックリストを手渡され、安全品質の重要性を徹底的に教え込まれました。その後、LNG船の船舶管理会社でも安全管理業務に携わる機会があり、これまでの経験が今につながっています。大きな節目となる刷新だからこそ、必ず成功させたいです。プロジェクトの実務は若い世代を中心に進めています。次の日本郵船を担う世代に、この仕組みをしっかり引き継いでいきたいと考えています。
濱崎
日本郵船の安全と品質を支えてきた「NAV9000」を、今後10年、20年、30年先まで、どのように進化させていくのかを考えられる点に、このプロジェクトの醍醐味があります。1998年の創設当時の資料にも目を通し、そこからヒントを得て、現代の視点を加えて取り組みを深化させていくことになります。まさに温故知新であり、大きな責任を感じながら取り組んでいます。

—— 日本郵船の海技者を目指す人に向けてメッセージをお願いします。
濱崎
海上勤務では多様な船種に乗り、さまざまな職位 を経験します。陸上勤務でも、業務ごとに求められる知識や技術は大きく異なります。その分、自己研鑽は欠かせませんが、常に新鮮で刺激的な仕事に携われる点は大きな魅力です。外航船員という世界に興味を持ち、日本郵船を目指してもらえたら嬉しいです。
鈴木
当社は風通しが良く、自由度の高い職場だと感じています。船乗りとしてのやりがいも非常に大きいです。私は次席一等航海士としてLNG船に乗っていた際、東日本大震災を経験しました。震災後、電力需給が逼迫(ひっぱく)する中で一等航海士としてLNG輸送に携わり、社会インフラを支えているという実感を強く持ちました。また、コロナ禍では船長としてLNG船に乗船し、在宅者増加に伴う電力需要の高まりの中で、顧客の要望に応えるために輸送に従事しました。その結果、人々の暮らしを支える一端を担えたと感じています。輸送という仕事は社会と人々の生活に直結します。その誇りを持てる仕事が、海技者の道だと思います。

2026年3月31日発行の海事プレス増刊号を再編集