3Dモデルで切り拓く新造船設計の未来 デジタル化が船舶管理の効率化にも寄与
公開日:2026年05月15日
更新日:2026年05月15日

海事産業のデジタルトランスフォーメーション(DX)に向けた取り組みが近年進んでいるが、船舶の設計から建造、運航に至るライフサイクル全体でみるとまだまだDX・デジタル化の余地は大きい。設計の多くは依然として平面(2次元)の図面が使われているため、造船所と船会社など関係者間の認識合わせに時間を要するほか、竣工後に提供される設計図もPDFが多く、デジタルデータとして活用しやすいとは言い難い状況だ。日本郵船グループでは、こうした課題に対し、研究開発機能を持つMTIを中心に造船所、設計会社や船級協会などと連携して「新造船設計合理化プロジェクト」を進めてきた。
設計作業の負荷を軽減
2021年に始まった新造船設計合理化プロジェクトでは、船舶の仕様や配置図などの情報をデータベースに入れ込み、その情報を3Dモデルに変換して用いる仕組みを導入する。「フロントローディング」を用いて設計を進めるとともに、船の就航後には「デジタル完成図書」を活用し、船舶設計や船舶管理をより進化させる。
船の設計は、開発・計画、基本設計、詳細設計、生産設計、そして建造へと進む。「フロントローディング」とは、この時間軸において、コストやリソース投入のピークを前倒しし、できるだけ早い段階で重要な意思決定を行うことを指す。従来の造船プロセスでは、中盤から後半の詳細設計や生産段階に負荷のピークがあり、この段階での設計変更はコスト増や工期延長につながりやすい。後の工程での設計変更を減らすことができれば、生産性を高められる。
「フロントローディング」でポイントとなるのが3Dモデルの活用だ。初期段階から3Dモデルを用いることで完成形を可視化し、配置や仕様を視覚的に確認しながら検討を進める。その結果、工程の後戻りを減らすことができるうえ、プロセス自体を見直すことで、リソース投入のピークそのものを下げ、全体負荷の軽減も実現する。
もちろん、造船所でも3D CADの導入は進んでいるが、あくまで内部の設計業務の一環にすぎない。日本郵船の取り組みで画期的な点は3Dモデルを関係者間のコミュニケーションツールとして使うことで、これにより意思決定の迅速化や共同設計の円滑化を図る。平面の図面では理解しづらい複雑な配置や構造も、3Dであれば直感的に把握できる。遠隔地をオンラインでつなぎ、同じモデルを見ながら議論することも可能になる。
日本郵船船舶事業グループの佐藤秀彦グループ長は「(3Dモデルは)一目見れば感覚的に理解できるので、顧客へのマーケティングツールとしても有用だ。造船所にとっては船主、船主にとっては荷主への説明に使うこともできる」と語る。佐藤氏はMTIに出向していた時期からこのプロジェクトに携わってきた。
3D 設計をベースに船を造ることで、蓄積されたデータを活用してデジタルツールを作り、メンテナンス計画や履歴の管理など、次の新造船に活用することも期待できる。
船内・船舶3Dイメージ
実際に3Dモデルを船舶建造の初期設計段階に活用するトライアルを24年に実施している。日本郵船グループは、3D CADを利用した船舶設計やシステム開発などを手掛けるスマートデザイン社と協力し、村上秀造船が建造する共栄タンカー向けLPG 船(25年9月竣工)の設計で実証を行った。設計の初期段階から3Dモデルを作成し、仕様確認や意思決定、詳細設計の図面承認に用いた。
この実証では紙図面をベースに、3Dモデルを補助的に使ったため、作業時間短縮といった定量的な効果は限定的だったが、「分かりにくいところを3Dで見ると理解が進む」という評価は現場から確実に得られており、今後の3D活用の浸透に期待がかかる。
就航後は「デジタル完成図書」を活用
3Dモデルを用いると、船舶が竣工した後にも「デジタル完成図書」として船舶管理に活用できる。3D設計で作成したデータを基盤に、一般配置図や系統図、マニュアルなど各種ドキュメントを統合する。3Dモデル上の機器や配管をクリックするだけで、その部分の関連資料に即座にアクセスできる仕組みだ。従来は書庫やPDFフォルダーから都度、資料を探す必要があったが、デジタル完成図書ではその手間が大幅に省ける。造船所から提供された完成図書の紐づけをはじめ、平面図から実際の3D位置にジャンプしての確認や、カーソル操作での寸法測定、不具合に関するコメントや修繕履歴の挿入なども可能で、船員や船舶管理監督にとって実務的なメリットは大きい。
船舶の設計段階から3Dモデルを用い、就航後もそれを生かす。これが理想だが、設計を担う各造船所で長年浸透してきた慣習を大きく転換させることは容易ではないことも事実。そこで、日本郵船はまず船舶の竣工後、つまりライフサイクルの「下流」でデジタル完成図書を普及させていき、価値向上を目指す戦略を取る。その上で、将来的に設計初期段階、すなわち「上流」での導入につなげていきたい考えだ。
スマートデザイン社のデジタル完成図書製品化に向け、実船でのトライアルも進めており、内航船社のアジアパシフィックマリンが石炭船2隻を対象にデジタル完成図書のアルファ版を活用して船舶管理に生かしている。「使いやすいと高評価を得ており、船陸のコミュニケーションツールとしてだけでなく、荷主であるセメント会社への説明にも使いやすいと聞いている」(佐藤グループ長)。前述の共栄タンカーのLPG 船においても、デジタル完成図書の活用を進めている。
また、次のプロジェクトとして、3Dデータが存在しない既存船で3Dレーザースキャンを用いてモデルを作成する取り組みも行っている。船内をスキャンして点群データを生成し、それを編集して3Dモデル化する。それを既存の図面やドキュメントと紐付けることで、独自にデジタル完成図書を構築できる。
デジタル完成図書は既存の船舶管理システムと連携させることでさらなる発展の可能性も秘める。アジアパシフィックマリンとの取り組みでは、彼らが持つ船舶整備管理システムと連携させることで、整備報告書と3Dモデルを紐付け、「どの機械の、どの部分に関する作業か」を視覚的に把握できるようにする。「各船舶管理会社の既存のシステムに合わせ、より使いやすいものにしていくことができるのではないかと考えている」(佐藤グループ長)
さらに将来を見据えれば、自律運航船のフリートオペレーションセンター(FOC)での活用も視野に入る。機器の実際の配置や状態を3Dで確認できれば、乗船中の機関士にFOCにいる“陸上機関長”が指示を出すといった運航管理の姿も現実味を帯びてくる。
3Dモデルを活用した新造船設計の効率化と就航後の活用に向け、佐藤グループ長は「船社の立場として、設計者の仕事に寄り添ったツールを開発したい」と強調する。
これらの取り組みをデファクトスタンダードとして業界に浸透させるために、新たなツールは個社に特化したものではなく普遍的なものにすることが重要と説く。コンセプト開発は協調領域、新たなコンセプト下でのツール開発と活用は競争領域に。船の造り手と利用者が連携した取り組みが進む。
プロジェクトを動かすキーパーソン
自ら開発し営業する面白さ
船舶事業グループ 佐藤秀彦 グループ長
—— 3Dモデル活用プロジェクトに取り組んできて、手ごたえはいかがでしょうか。
私はこれまで新造船の技術担当や船舶管理など、竣工から運航まで船のライフサイクル全般にわたる業務に関わってきました。新造船の技術担当だった頃から持っていた新造船の設計に関する問題意識を、MTIに出向した際に研究テーマとして取り組むことができました。やり始めると周りの反応も良かったです。ただ、実装するとなるとハードルがある、と言われることもありました。従来のプロセスを変えることになるので、それは当たり前の話でもあります。それでも好感してくれる人たちのおかげで、この取り組みを長く続けることができています。
—— 3Dモデルの研究に携わったのち、今は日本郵船グループが持つ技術を外部に紹介する営業の立場になりました。
自分で開発したものを営業することに面白さを感じており、よいタイミングでよいポジションにこられたと思っています。
—— 技術者を志す人へのメッセージをお願いします。
間口の広い業務ができることが魅力です。技術にもさまざまな分野があります。海技は海技、工務は工務だけとなりがちですが、研究開発の仕事や技術系の営業など、枠を越えた仕事ができます。技術者が関わるステージがだんだん広くなってきていると感じているので、自分の専門分野にこだわらず、広い視野で新たな仕事に果敢にチャレンジしてほしいです。もちろん、想像していなかった分野に携わることはハードルもあるかもしれませんが、新しいチャンスになります。おおらかな気持ちで受け入れることで、自分自身の新たな展開が見えてくるのではないでしょうか。
2026年3月31日発行の海事プレス増刊号を再編集







