日本郵船「ツウ」の方へ挑戦する企業

(後編)日本郵船はなぜ大型M&Aに踏み切ったのか──世界最大級のLPG船運航会社設立の背景 #BVTL Business

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日本郵船が80%、ENEOSオーシャンが20%を出資する新会社「NYKエナジーオーシャン(NEO)」が2025年4月に発足しました。NEOは、 ENEOSオーシャンの原油タンカー以外の事業を承継し、LPG(液化石油ガス)輸送船、ケミカル(化学品)輸送船、石炭や穀物などをばら積みで運ぶドライバルク船など、計49隻を運航し、日本郵船グループにおいてリキッドバルク(液体貨物)輸送の中核を担う会社として位置づけられています。日本郵船の投資額は約760億円にものぼる大型M&A案件。なぜこの大規模な買収に踏み切ったのか。 M&Aに関わったキーパーソンへのインタビューを、前後編の全2回でお届けします。

後編では、日本郵船タンカーグループ長の武田隆介にLPG市場の将来展望とNEOの戦略的意義を聞きました。

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武田隆介 日本郵船タンカーグループ長

世界最大級のLPG船隊へ。しかし「数が増えただけ」では、強くなるわけではない

――最初に武田グループ長ご自身の現在の役割と、NEOとの関わりを教えてください。
私は日本郵船のタンカーグループ長として、VLCC(超大型原油タンカー )やLPG(液化石油ガス)運搬船、さらに、ノルウェーの海運大手ストルト・ニールセンとの合弁会社で長年管理しているケミカル(化学品)輸送船を担当しています。2025年4月のNEO発足により、同社についても管掌部署の立場から関わっています。他部門から2022年4月にタンカー部門へ戻ってきて以降、LPG船担当として奥澤執行役員の下で実務に携わっており、NEOの統合効果を現場に近い立場から見てきたひとりです。

――NEO発足で、日本郵船グループのLPG船隊は一気に世界最大級となりました。武田グループ長はこの意味をどう捉えていますか。
日本郵船としては、中期経営計画でも示している通り、LNG(液化天然ガス)やLPG(液化石油ガス)の輸送事業を強化するという大方針があります。今回のM&Aもその方針に沿ったものです。NEOはその戦略を担う会社として生まれました。ENEOSオーシャンが培ってきた技術や経験を引き継ぎつつ、日本郵船グループの資本力とネットワークを掛け合わせることで、LPGをはじめとするリキッドバルク(液体貨物)事業をさらに伸ばしていきたいと考えています。

規模が大きくなれば、それだけ経験や知識の蓄積が増えます。日本郵船には品質管理や安全運航、船舶管理、営業の面で強みがあります。NEOには長年のLPG船事業の歴史と、それを支えてきた人材の蓄積があります。実は日本郵船のLPG船部門は、社内では決して大きな部門ではありませんでした。原油タンカーやLNG船に比べると、どうしても “日の当たりにくい” 分野だったという自覚があります。だからこそ、今回の出資・統合には、単に船を増やす以上の意味があります。NEOが持つ人材や営業基盤を日本郵船の強みと組み合わせることに大きな意味があると考えています。

供給が需要を生む、LPGが持つ独自の成長メカニズム

――世界的なLNGの開発拡大は、LPGの供給量にどのような影響を与えているのでしょうか。
 「LPGは、天然ガスや原油を生産・精製する過程で自然に生まれる副産物です。ほとんどのエネルギーは需要があって初めて供給されますが、LPGは逆で、作ろうとしなくても必ず出てきます。LNGを作れば一緒にLPGが生まれ、石油を精製してもLPGが出る。だから"なくならない貨物"なのです。ここ十数年で市場が大きく広がった背景には、米国でシェールガス・シェールオイルの生産が爆発的に増えたことがあります。その副産物として、プロパン、ブタン、エタンといったNGL(天然ガス液)が大量に産出されるようになりました。

この供給増を受けて、中国では石油化学製品をプロパンから作る工場の建設が急ピッチで進みました。以前は石油から取れる「ナフサ」という原料を使っていたものが、より割安なプロパンに切り替わったのです。家庭での燃料としての需要は緩やかな伸びにとどまっていますが、工業用途での需要は勢いがあります。米国の増産と中国の工業需要増という二つの力が、LPG市場拡大を牽引しています 。

――今後のLPG海上輸送需要について、どのような見通しを持っていますか。
中長期で見れば、LPG需要は伸び続けると考えています。一度LPGを使い始めた地域が石炭や薪に戻ることはまずありません。日本のように人口が減っていく国では需要も緩やかに減るでしょうが、急激に減少するとは考えにくい。インド、東南アジア、将来的にはアフリカでも、LPGはまだまだ普及の余地があります。大規模なガス配管インフラがなくても、ボンベやタンクで届けられるという手軽さは、インフラが整っていない新興国にとって特に大きな強みです。またLPGは石油化学製品の原料としても今後使われ続けるでしょう。供給が先に増える構造のため価格が割安になりやすく、他の原料からLPGへの置き換えも進むとみています。さらに今後はアンモニア輸送という新たな分野も加わります。LPGとアンモニアは貨物の性質が近く、最近の大型LPG船の多くはアンモニアも運べる仕様になっており、両方を合わせた輸送需要の拡大が見込まれます。

NEOは需要の伸びに合わせて船隊を拡充しながら、日本郵船本体との連携効果を最大限に発揮していく考えです。日本郵船本体はこれまで国内の特定顧客向けが中心でしたが、NEOはENEOS系をはじめ海外も含む幅広い顧客基盤を持っています。両社の顧客層が重ならない部分が多いことは将来の強みになり得ます。当面はそれぞれの強みを活かしながら営業基盤を拡大していく方針です。

船価高騰下の船隊更新、人材育成、そしてアンモニアへの布石

――LPG船の市況や運賃について、中長期的にどのような見通しを持っていますか。
現在は船価が高騰している一方、今後は大量の新造大型LPG輸送船(VLGC)の完成が予定されており、新規発注の判断は簡単ではありません。一方で、就航から20年を超える船も複数あり、環境対応や将来のアンモニア輸送需要を考えれば、定期的な船の入れ替えは避けられません。顧客の要望を踏まえながら、最適なタイミングで新造船を発注し、日本郵船グループ全体として適正な船隊規模を維持していく方針です。日本郵船のLPG船隊も、私が担当してから数年で10隻程度から17隻規模まで拡大してきました。しかも船価が本格的に高騰する前に手当てできた部分もあります。そのため、今は急いでさらに増やすというよりも、手持ちの船隊をしっかり維持しつつ、NEOとの連携を深め、必要に応じて増強するという考え方です。

――NEOが展開する3つの事業、LPG船・ケミカル輸送船・ドライバルク船の事業には、それぞれどのような強みがあるのでしょうか。
LPG船事業については、保有する全船を長期契約で国内外の顧客に貸し出しており、安定した収益基盤を持っている点が大きな強みです。シンガポールの関係会社では大型LPG船2隻を運航しており、中型船1隻はすでにアンモニア輸送にも従事しています。ケミカル輸送船は少し性格が異なります。日本郵船は長年、ノルウェーの海運大手ストルト・ニールセンとの合弁で船を保有してきましたが、実際の運航管理はストルト側に委ねてきたため、自社にケミカル輸送の専門ノウハウが十分に蓄積されているわけではありません。一方、NEOにはENEOSオーシャン時代からの専門人材がいます。今後もストルトとの協力を軸にしながら、NEOの人材も活かして関与を少しずつ深めていく方針です。ドライバルクについては、日本郵船グループのNYKバルク&プロジェクト(NBP)が実務を担っていますが、NEO側には日本郵船にはない商圏や顧客基盤があり、単純な重複ではありません。日本郵船グループ全体で見ればドライバルクはNBPの規模が圧倒的に大きいため、その規模の経済性を活かしつつ、両社で連携してシナジーを生み出していくことを目指しています。

――脱炭素、エネルギー転換が進む中で、LPG輸送はどのような役割を果たすと考えていますか。
LNGと同様に、エネルギー転換期における橋渡し役の燃料という位置づけだと思います。LPG自体が重油と比べてCO₂排出を大幅に削減できるわけではなく、削減効果は2割程度にとどまります。ただ、新興国での生活燃料や石油化学の原料としての役割は非常に大きく、扱いやすく導入しやすい燃料として生活水準の向上に直結します。将来を見据えると、アンモニア輸送という新たな可能性があります。日本郵船はアンモニア輸送の需要を将来的に取り込んでいきたいと考えており、LPG船に乗る船員(海技者)を計画的に育成しています。最近建造されたLPG船の多くはアンモニアも輸送できる仕様になっており、LPG輸送で経験を積んだ人材がそのままアンモニア輸送でも活躍できます。LPG船隊の拡充は、現在の収益基盤を強化するだけでなく、将来のアンモニア輸送市場に備える意味も持っています。

LPGはLNGの陰に隠れがちですが、決して脇役ではありません。LNGが生産されれば必ずLPGも生まれ、新興国では扱いやすさからむしろLPGの方が普及しやすい面もあります。今後も一定の成長が見込めるからこそ、日本郵船がLPG船を投資強化分野に位置づけているのは十分に合理的だと考えています。

まとめ:LPGからアンモニアへ、NEOが担うエネルギー輸送の未来

NEOの発足により、日本郵船グループのLPG船隊は世界最大級の規模となりました。その本当の価値は、船の数が増えたことだけではありません。ENEOSオーシャンが長年培ってきたLPG・ケミカル輸送分野の人材や顧客基盤、そして歴史を受け継いだことにこそ、大きな意味があります。
LPGは供給が自然に増えていく独自の構造を持ち、新興国の生活を支える燃料として、また石油化学の原料として、これからも成長が期待できる市場です。さらに、性質の近いアンモニア輸送への橋渡し役も期待されています。本M&Aは単に船隊を拡充するだけではなく、日本郵船がエネルギー輸送の"次の柱"を育てていくための大切な一歩です。