LCO2の輸送需要を取り込む 輸送3方式全てに対応、実用化へ
公開日:2025年06月06日
更新日:2025年06月06日

日本郵船は船舶の低炭素・脱炭素化を進めるだけでなく、社会の低・脱炭素化を後押しするための輸送技術の開発も進めている。カーボンニュートラル実現の切り札と言われる二酸化炭素回収・貯留(CCS)の分野での取り組みだ。発電所や工場などから排出された二酸化炭素(CO2)を回収・液化し、貯留サイトへ輸送、地下深くに圧入・貯留するCCS向けのCO2を大量に輸送するため、世界で液化CO2(LCO2)輸送船の開発が進められている。LCO2輸送には「低温低圧(Low Pressure:LP)」、「中温中圧(Medium Pressure:MP)」、「常温昇圧(Elevated Pressure:EP)」の三つの輸送方式があり、各CCSプロジェクトにとって最適な方式が選択されるが、日本郵船はこれらすべての輸送方式の提供を通じて今後の液化CO2輸送需要に応える。
大型船の開発進む
CO2は同じ圧力条件において、液化するための冷却温度がLNGほど低くない一方で、ドライアイス化しやすいという課題がある。気体・液体・固体の三相が共存する点を「三重点」と呼び、温度と圧力のコントロールを誤るとドライアイス化してしまう。タンクや配管内でドライアイス化が起こった場合に配管閉塞やポンプ損傷を引き起こす可能性があり、輸送においてはこの課題への対処が不可欠になる。
現在、LCO2の輸送方式で実用化されているのは中温中圧方式で、1万立方メートル型を下回る小型船が既に就航している。一方で、今後CO2輸送コストを削減するには船の大型化が不可欠になる。中温中圧方式は建造実績があるものの、比較的高い圧力に対応するためにタンクを強固にする必要があることから、大型化に課題が残る。一方、低温低圧方式は船の大型化に向いていると言われる。
低温低圧、中温中圧の両方式について、日本郵船は2021年11月から三菱造船と共同開発に取り組んできた。22年5月には中小型船・大型船に対する基本設計承認(AiP)を日本海事協会(NK)から取得。また、アンモニア・LCO2兼用輸送船も三菱造船と開発し、23年6月にNKからAiPを取得した。
24年9月には低温低圧方式で、商船三井、川崎汽船、日本シップヤード(NSY)、三菱造船、三井物産、三菱商事と共同で、5万立方メートル級と2万3000立方メートル級の2船型について、米国船級協会(ABS)とNKからそれぞれAiPを取得した。日本郵船ら7社はLCO2輸送船の標準仕様・標準船型の確立に向けた共同検討を行っており、28年以降のCO2の大規模輸送実現に向けた国内での量産体制構築を目指し、標準船型を開発する。
LCO2輸送の3方式の特徴
独自技術の「LCO2-EP 方式」
日本郵船では常温昇圧方式に関する取り組みも進めている。円筒型タンクを用いる低温低圧、中温中圧方式に対して、細いシリンダータンク(耐圧容器)を用いる「LCO2-EP方式」(Liquefied CO2-Elevated Pressure)を、シャトルタンカー事業のパートナーであるノルウェーのクヌッツェン・グループとの折半出資会社クヌッツェン・NYK・カーボン・キャリアーズ(KNCC)が独自技術として開発した。22年4月にノルウェー船級DNVからAiPを、23年6月には同じくDNVから詳細設計に関する承認のGASAを取得した。
そして24年9月にはKNCCとJX石油開発(現・ENEOS Xplora)とともに常温昇圧方式の特徴を活用した「ジュール・トムソン冷却方式」によるCO2液化プロセスを用いて、CO2を液化し、LCO2-EPカーゴタンクへ移送する実証実験を、KNCCがノルウェーに持つ実証試験設備で成功させた。ジュール・トムソン冷却方式は、回収したCO2を減圧することで生じる温度低下を活用し、船舶輸送に適するLCO2を形成するもの。今回の実証実験の成功は、CCS事業化の課題となる液化貯蔵プロセスのコストや敷地面積の削減に貢献するものになる。
常温昇圧方式のLCO2輸送船建造に向けては、NSYと4万立方メートル型の船舶の建造に向けた共同検討を行っていく。また、KNCC、JFE商事とともに、常温昇圧方式で必要となるLCO2輸送船のカーゴタンクと陸上での一時貯蔵タンクの材料となる鋼材の生産設備と生産能力の把握、製造コストの算出を完了させ、アジア域内における鋼材の安定供給にめどをつけた。低温低圧、中温中圧に加え、常温昇圧方式のLCO2輸送実現化に向け、着実に歩を進めている。
CCSバリューチェーンのイメージ
LCO2 -EP 船のイメージ。LCO2-EPタンクを搭載する
プロジェクト担当者に聞く
多様な船種の経験活かし、新たな貨物に挑む
中園 敦 氏、プレム・プラカシュ 氏
海務グループ海務新規事業サポートチーム、船長
中園氏(左)とプラカシュ氏
—— LCO2関連事業に関わることになった経緯を教えてください。
中園 私は2005年に入社して以降、LNG船をはじめ、バルカー、コンテナ船、自動車船、重量物船などさまざまな船種を経験しました。11年から約3年間、関連会社に出向してドリルシップにも乗船しました。LCO2関連事業に携わることになったのは20年に配属されたグリーンビジネスグループで担当したことがきっかけです。LCO2の輸送方式について、営業担当と協力して整理しました。同グループではこのほか、LNGバンカリング船をはじめとしたアンモニアや水素などの次世代燃料船の開発に携わりました。現在は24年に九州・瀬戸内地域で稼働したLNGバンカリング船“KEYS Azalea”、伊勢湾地域で稼働している国内初のLNGバンカリング船“かぐや”のサポートを含めLNGバンカリング全般を担当しています。
プラカシュ 私は2010年に入社し、VLCCに1等航海士として乗船、14年には船長になりました。16年に海務グループのNAV9000/QAチーム(日本郵船が1998年に導入した全運航船の統一安全基準「NAV9000」の品質保証を担当するチーム)に配属され、当社管理船の品質管理や、船舶管理会社の品質チェックなどを担当しました。そこでは、ガス船やチップ船、RORO船などさまざまな船種を経験し、多くを学びました。また、デジタル化を進めていた当社の安全管理システムの維持・改善にも携わりました。2021年に海務新規事業サポートチームに配属され、船型開発中の船舶によるLCO2海上輸送の調査に携わることになりました。調査は商業面、運用面の両方の観点から行われ、営業と海技チームが緊密に連携して協力する機会となりました。
—— LCO2関連事業に活かせるこれまでの経験・知見はどのようなものですか。
中園 私はこれまでLNG船の乗船隻数が多かったのですが、そこでの荷役経験やドリルシップを含む多くの船種での現場経験から応用できることは非常に多いです。LCO2の輸送では液化ガス荷役の知見が必要です。LNG船の各作業工程で、タンクや配管、関連機器内で貨物の流体がどのような動きをしているのか、温度や圧力、それが液体なのかガスなのかといった状態について、荷役や貨物管理をする上で常に注意力を働かせてきました。LCO2はリスクの一つとしてドライアイス化がありますが、どのようなオペレーションでドライアイス化するか、そのために必要な運用や仕様を考える際にLNGを取り扱った経験を活かせます。また、LCO2船の開発では、どういった船型であれば発電所に着桟できるのか、安全に運航できるのか、国内輸送・越境輸送の際のルールや規制などを含めて、海技者の視点から協力しています。
プラカシュ 複雑な貨物のオペレーションや、安全基準の順守、船上でのリスク管理など、VLCCでの船長経験が活かされています。LCO2は新しいタイプの貨物で、さまざまなリスクや新たな課題があります。液体貨物やガス船での経験を幅広く活用する必要があり、これらの知識がLCO2輸送のさまざまなリスクの研究や軽減に役立ち、最高水準の安全確保につながると考えます。また、NAV9000/QAチームでの経験が国際的なルールや規制の理解を深めることに役立ちました。LCO2輸送船で適用されるルールや規制の複雑性を理解し、これを船の運航に落とし込む際にこれまでの経験が活きると考えます。
—— LCO2という新たな事業分野に取り組む醍醐味(だいごみ)について教えてください。
中園 LCO2輸送の3方式はプロジェクトの性質や地域性、航路によってどの方式がベストか変わってきます。一つの船種ではありますが、複数の輸送方式があるため幅広い海技知識の応用が求められるところに、この船種の面白さがあると感じます。
プラカシュ LCO2輸送は脱炭素化の進展に伴い急速に成長しており、これに携わることは業界の最前線に立つことであり、キャリアアップにもつながります。また、LCO2輸送船にはLNG燃料や風力推進装置をはじめ、さまざまな革新的な技術が含まれ、これらを学ぶ機会にもなります。また、チームで協力して取り組むことも魅力の一つです。
—— 日本郵船の海技者として働くことの魅力とは。
中園 日本郵船はさまざまな船種を持ち、陸上勤務先も数多くあるので、多様な持ち場で培った経験を活かせる環境が整っています。一人ひとりがさまざまな経験を積むことができていて、幅広い知見を備えられます。自分が分からないことがあっても、社内を探せば誰かが知っている。そのような環境が整っていると思います。また、会社自体が新しいことにどんどんチャレンジしていますので、そのような環境が非常に魅力ですね。
プラカシュ 日本郵船にはさまざまな部門があり、他の部門に行って学び、貢献できる機会があることです。海上勤務で得た豊富な知識を陸上勤務において還元できます。私自身、船員としての長年の経験により、船舶運航におけるリスク評価や安全管理、運航効率に対するアプローチが根付いてきました。これは複雑な課題や新しいプロジェクトに取り組む際や、陸上勤務でも非常に重要で役立つものだと感じています。
2025年3月25日発行の海事プレス増刊号を再編集