日本郵船「ツウ」の方へ挑戦する企業

「環境価値管理台帳」で見えないGHG削減にトレーサビリティを ~GHG削減の“履歴”を追える仕組みとは~

脱炭素G菅野さん、五十川さん、自動車事業統轄G関さん

   脱炭素グループと自動車船事業統轄グループが連携して台帳の仕組みを構築


日本郵船は2026年、「環境価値管理台帳」の本格運用を始めました。低炭素の船舶燃料を使うことで生まれる、温室効果ガス(GHG)の削減実績(=環境価値)を一元的に管理する仕組みです。いま、世界では「GHGをどれだけ減らしたか」に価値が生まれ始めています。当社が生み出したGHG削減の価値を購入し、自社のサプライチェーン全体の脱炭素につなげたいと考える荷主企業も、今後増えていく可能性があります。環境価値管理台帳は、そうした時代を見据えた取り組みでもあります。

「GHG削減」が価値になる

海運業界では現在、船舶の燃料を通常の重油から、燃焼時のGHG排出量を減らせる低炭素燃料へ切り替える動きが進んでいます。重油と比べてGHG排出量を約2割減らせるLNG(液化天然ガス)や、生物由来の原料から作られるバイオディーゼルなどが代表例です。
特にバイオディーゼルは燃焼時にはGHGを排出しますが、 原料となる植物が成長過程でCO2を吸収することから、 従来の化石燃料と比べてライフサイクル全体 (Well to Wake)の観点でGHG排出量を抑えられるとされています。
また、LNG燃料船のような特殊なエンジンが不要で、現在の重油用エンジンでも利用できることから、比較的導入しやすい燃料として利用が広がっています。当社でも2023年ごろから自動車船で利用を始め、現在ではさまざまな船舶で使用しています。
こうした中で必要になったのが、「どの船が、どの低炭素燃料をどこで補給し、どこで使い、その結果生まれたGHG削減価値を誰が利用したのか」を管理する仕組みです。これが環境価値管理台帳です。脱炭素グループ・カーボントレーディングチームの五十川は「GHG削減価値は目に見えません。だからこそ、しっかりと追跡できることが重要です」と話します。
当社ではもともと、どの船がどの燃料を調達し、使用したのかについて管理を行っていました。しかし、低炭素燃料を使用した結果として「どれだけGHGを減らせたのか」を、船ごと、航路ごとに細かく把握できる仕組みはありませんでした。低炭素燃料の利用が増えるにつれ、そのような詳細管理が必要になってきました。
大きなきっかけになったのが、欧州で2025年1月に始まった海運向け環境規制「FuelEU Maritime」です。これは、欧州域内に寄港する船舶に対し、使用するエネルギーに含まれるGHG強度(一定のエネルギーを使用した時に排出されるGHG量)に上限を設ける規制で、基準を超えた場合には罰金が科されます。船舶の低炭素燃料への転換を促進する仕組みです。

脱炭素グループ・カーボントレーディングチーム 五十川 宜孝

脱炭素グループ・カーボントレーディングチーム 五十川 宜孝

目に見えない価値の信頼を守る

ここで問題になるのが、低炭素燃料によって生まれた環境価値の「二重利用」です。
例えば、バイオディーゼルを使って削減したGHG削減の価値を、FuelEU規制への対応に使ったにもかかわらず、別の用途にも充ててしまえば、同じ価値を二度使うことになります。実際には100トンしかGHGを減らしていないのに、200トン削減したように見えてしまうわけです。そうなれば、「本当にGHGを減らしたのか」が分からなくなり、環境価値そのものへの信頼が揺らいでしまいます。そのため、「どの燃料が欧州向け規制対応に使われたのか」「どの分が規制対応以外に使えるのか」を、きちんと切り分けて管理する必要が出てきました。
実際には、1隻の船でも欧州航路とアジア航路など複数の航路を走ります。同じ船で使った低炭素燃料でも、欧州区間で使った分はFuelEU対応用、それ以外は別用途向けとして分けて管理しなければなりません。
さらに、「一口にバイオディーゼルといっても、燃料によってGHG削減効果が異なります。例えば、シンガポールで補油した燃料と、欧州で補油した燃料では、削減量が違うケースもあります」と脱炭素グループ・業務企画チームの菅野は説明します。そのため、「どの燃料を、どこで補油し、どこで使ったのか」をいっそう細かく追跡することが必要になります。
環境価値管理台帳は、こうした複雑な環境価値を整理し、信頼できる形で管理するための土台です。海運会社である当社はこれまで、実際にモノを運ぶことで収益を得てきました。しかし今後は、「GHGをどれだけ減らしたか」という目に見えない価値そのものが、取引対象になっていく可能性があります。だからこそ、「どこで生まれた削減価値なのか」「誰が使ったのか」を明確に管理できることが重要になります。

脱炭素グループ・業務企画チーム 菅野 悠

脱炭素グループ・業務企画チーム 菅野 悠

荷主に環境価値と安心を提供

環境価値をFuelEU規制対応とは異なる用途で用いるケースとしては、「ブック&クレーム(Book & Claim)」という仕組みがあります。これは、実際に低炭素燃料を使った輸送と、そこから生じた環境価値を切り離して取引する仕組みです。例えば、当社がある航路でバイオディーゼルを使い、100トン分のGHGを削減したとします。その「100トン削減した」という環境価値だけを切り出して、実際にはその船を利用していない別の企業に販売するのがブック&クレームです。
環境価値を購入した企業は、「海上輸送で発生したGHG削減価値」をスコープ3(自社のサプライチェーン全体で発生する間接的なGHG排出)の削減として活用できる可能性があります。一方で当社は、その対価によって、通常の重油より高価な低炭素燃料を調達しやすくなり、環境負荷低減に貢献することができます。
自動車事業統轄グループ・調整チームの関は、「ボランタリーな仕組みであるブック&クレームと欧州の規制対応が混在する中で、お客さまに対して『これは信頼性のある環境価値です』と自信を持って説明するための仕組みが必要です」と話します。
ブック&クレーム市場はまだ立ち上がり始めた段階ですが、将来的には、荷主企業がスコープ3削減の手段として、海運由来の環境価値を購入するケースが増えると予想しています。環境価値管理台帳は、そのような将来を見据え、「環境価値を安心して使っていただける状態」を整えるための準備でもあります。二重利用を防ぎ、ガバナンスを支える基盤として機能しているのです。

自動車事業統轄グループ・調整チーム 関 裕太

自動車事業統轄グループ・調整チーム 関 裕太

脱炭素時代のインフラに

現在、当社の環境価値管理台帳は、自動車事業本部と連携しながら開発・運用を進めています。将来的にはバルカーやタンカーなど他船種にも対象を広げていく考えです。
また、今後は燃料の種類も増えていきます。現在の管理対象はバイオディーゼルですが、当社がすでに活用しているLNGやメタノール、今後利用拡大が見込まれるアンモニア、合成燃料など、低炭素・脱炭素燃料はさらに多様化していくでしょう。
加えて、環境規制そのものも複雑化する可能性があります。現在は欧州のFuelEUが中心ですが、今後、同様の制度が世界各地に広がることも考えられます。
対象船が増え、燃料が多様化し、規制が複雑になるほど、環境価値を管理する重要性は高まります。まずは自動車船とバイオディーゼルを対象に運用を始めた環境価値管理台帳ですが、将来的には当社の多様な事業部門やグループ会社も含めた横断的な基盤へ発展させ、来るべき脱炭素時代への備えを進めていきます。

環境価値管理台帳 説明図