日本郵船の挑戦

Project Story


洋上風力向け、初のCTV建造・運航へ

Outline of the Project

2023年6月、北海道石狩市石狩湾沖で洋上風力発電所の風車の建設が始まった。発電サイトに設置される風車の提供および保守は、スペインのSiemens Gamesa Renewable Energy(SGRE)社が担っているが、SGRE社が風車のメンテナンスを実施する際、洋上の風車に作業員を送り届ける必要がある。このために用いられるのがCTV(Crew Transfer Vessel=作業員輸送船)だ。日本郵船グループ国内初の、CTVの建造から運航開始までのプロジェクトの軌跡を追った。これは、日本郵船グループが一体となって取り組み、グループの持つ多彩な機能、蓄積された知見・ノウハウがフルに発揮されたプロジェクトだった。

Member

Taku Miyamoto

グリーンビジネスグループ グリーンビジネス第一チーム(取材当時)
2019年入社

巨大な船での輸送という、それまで知らなかった海運ビジネスの世界がユニークで魅力的に感じた。日本郵船への入社は、出会った社員と自分のフィーリングが合ったから。入社後、研修を経て財務グループ配属。社債発行や収支管理を担当した。2022年10月より現職。

Story 01

洋上風力発電に不可欠なCTV、新領域への挑戦が始まった

「石狩湾新港洋上風力発電施設」は、石狩湾新港の沖合約1.6km、約500haの海域に展開している。発電容量は112MW、8MWの風車14基から構成される、国内最大規模の洋上風力発電施設だ。2023年6月から順次風車の建設が始まり、2024年1月に14基すべての風車が発電を開始する。この洋上風力発電の建設、運用・維持管理においては、それぞれの業務に特化した各種船舶が不可欠だ。なかでも、風車の建設作業やメンテナンスのために洋上のサイトまで人を運ぶCTVは、風力発電の安定稼働の根幹を支える船舶といっていい。日本郵船は、再生可能エネルギーを中心とした新たな事業創出のために、2019年、グリーンビジネスグループを発足させたが、当初から洋上風力と船舶の親和性に着目、洋上風力発電事業は新領域への挑戦として中期経営計画にも取り上げられている。その最初の試みとして着手したのが、CTVの建造・運航であり、宮本がこのプロジェクトに参加したのは、2022年10月のことだった。

「私が財務グループから異動してグリーンビジネスグループに着任したのは入社4年目、プロジェクトとしてはSGRE社の案件が決まる直前の時期でした。当案件はCTVを当社グループで保有・管理、SGRE社に定期傭船するというものです。私はCTVの建造から運航に向けた立ち上げの実務を担当することになりました。異動したての頃はそもそも船舶に対する知識・経験が乏しく、洋上風力発電やCTVに関する前提知識を得るところからのスタートで、周囲のメンバーにキャッチアップできるよう走りながらインプットとアウトプットを繰り返すという状況でした。」

チームは少数で、全員が一丸となって業務を進める体制だったため、宮本は他メンバーとともに、一連の立ち上げ作業の全体に関わることになった。SGRE社との契約交渉、本船の建造と日本への輸送、船舶管理体制の立ち上げ、船員の確保・トレーニング等々、その業務は多岐にわたった。

Session 02

シンガポールでのCTV建造、最適化の追求

洋上風力発電は、欧州では再生可能エネルギーの主力と目されており、CTVのニーズは高い。そのため、世界各国でCTV建造が進められている。宮本らが着目したのは、シンガポールの造船会社であるPenguin Shipyard社。欧州の旺盛な需要に応えるため、多数のCTVの建造が進んでいた。船体エンジン、各種機器等必要なスペックを検討した結果、このうちの1つがニーズと合致した。

「CTVの運航では、厳しい気象海象条件のもとでも、安全・確実に作業員を洋上の設備へ移乗させる必要があります。風車メンテナンスのタイミングが、静かな海象条件とは限らないので、高い波でも風が強くても安全に風車にアクセスしなければなりません。特に、作業員がCTVから風車に移る「移乗」の際の安全確保は慎重に検討していきました。移乗は、船体をトランジションピースに押し付けて行われますが、この際に船体が波に揺られてズレてしまうと大変危険な状況となります。これを防ぐため、摩擦力を増加させる高機能のフェンダー(船体と風車との接触による損傷を防ぐためのクッション材)を採用。また摩擦力を高めるには強い推進力が必要であり、出力の高いエンジン・推進器を搭載しました。それが作業員の移乗時の安定性を高め、安全な作業員輸送に直結します」

他にも、エンジン・推進器には十分な出力に加え、高い操船性を有するVolvo Penta社のIPS(Inboard Performance System)を採用、船舶の状態を把握する運航モニタリングシステムの導入、また海上でも良好な通信環境を実現するなどの特徴を持った、全長約27m、総トン数138トン(国内CTV最大規模)の、渾身のCTVが完成した。2023年4月のことである。その日、宮本は船舶の試験運航を行うSea Trialのため、シンガポールにいた。

「シンガポールで本船の竣工・輸送の現場に立ち合い、初めて乗船することもできました。運航開始までやるべきことは、まだまだ山積していましたが、実際に海を走る本船を見ることができ、新領域へ挑戦するプロジェクトを動かしているという実感が湧きましたし、モチベーション、自信にも繋がりました。それまでは全体像を把握しきれていなかった部分も点と点が繋がり、今まで以上に当事者意識が生まれて俄然仕事が楽しくなりましたね」

Session 03

人材の確保と安全運航に向けた船舶管理体制の整備

CTVは完成した。それまで主に、社内の工務グループ(技術部門)と連携して本船の建造を進めてきたが、ここから日本郵船グループ一体となってプロジェクトは推進された。本船のシンガポールから日本までの輸送には、重量物船の輸送サービスを提供するNYKバルク&プロジェクト(NBP)の船舶を使用。また一連の輸送手配・通関手続きは郵船ロジスティクス(YLK)が担った。さらに日本到着後は、日本郵船グループの造船所、京浜ドックで船舶の日本籍化工事が進められた。

「船を船に乗せて運ぶ難しいオペレーションでしたが、一緒にプロジェクトに取り組んだグループ各社の方々の尽力により何とか無事に終えることができました。途中竣工のスケジュールに遅れが出る等トラブルもありましたが、各社に柔軟に対応いただいたことでリカバリ―することができ、感謝と共にグループとしての強みを感じました。」

一方、宮本は傭船者との調整、許認可の取得、保険手配、会計処理等、運航開始へ向けたセットアップも進めていたが、ここにクリアせねばならない高いハードルがあった。それは船員の手配・トレーニング、そしてSMS(Safety Management System)マニュアルの作成を含む船舶管理体制の立ち上げだった。日本国内の海を往来する船を内航船と呼び、その船員は日本人でなければならない。近年は内航船員の数が減少しつつあり、北海道という土地で業務にあたってくれる船員を確保することは至難の業だった。この船員の手配を始め、要となる船舶管理を担ったのが日本郵船のグループ会社である北洋海運である。

「ここでもグループ会社の協力を得て船員を確保することができました。。欧州で多くのプロジェクトを経験してきたSGRE社の安全管理に対する水準は極めて高いものがあり、その水準を満たしたSMSマニュアルの作成及び船員のトレーニングを行う必要がありましたが、この点は外航船運航の専門知識を有する当社の海務グループに力を借りました。欧州スタンダートを満たすの高い水準のSMSを確立し、船員の方にも複雑な安全管理手順を網羅したマニュアル・作業手順に精通してもらうのは大変な取り組みで、海務グループの尽力がなければ到底達成できなかったと思います。また、当社が提携する欧州の大手CTV運航会社であるNorthern Offshore Group AB(NOG社)から熟練キャプテンを派遣してもらい、船員に操船訓練を実施してもらったことも、安全運航の開始に向けて大きな助けとなりました。」

社内各グループとの強い連携・協働に加え、日本郵船グループ各社が結集し、一体となってCTVの運航開始、そして安全運航の実現を目指したプロジェクトだった。

Story 04

日本全国で洋上風力発電向け船舶を拡大していく

こうして、2023年7月、予定通り、「RERA AS(アイヌ語由来の「風が吹く」という意味)」と名付けられたCTVは運航を開始した。宮本に胸には安堵感が一瞬溢れた。しかしこれから、CTV傭船ビジネスが本格的にスタートする。CTVの保有会社として、安全運航を持続すると共に、これから拡大する全国の洋上風力のサイトにNYKのCTVを届けること。それが自身のミッションであることを十分自覚している。

「日本で洋上風力発電の稼働が大幅に増えていくのは2026年以降と見られています。それを見据えて、今回、初のCTV案件に取り組めたことは、建造・運航・管理等々のノウハウを取得する上で絶好の機会になりました。本件に取り組んだことで、CTVの船体に関するノウハウだけでなく、操船や管理上の要点・ハードルといった有形無形の知見を蓄積することができましたし、また今後も実際の運航を通して得られるものも多いと思っています。今後は国内でCTVの運航隻数を増やしていくことのみならず、海外への展開や、更に大型の作業員輸送船であるSOV(Service Operation Vessel) 、風車建設用SEP(Self Elevating Platform)船、といった他の船舶の展開も見据えています。また船だけに留まらず、秋田県の自治体や学校と連携して洋上風力に従事する人材や船員育成のための総合訓練施設の立ち上げも行っていまして、様々は分野で洋上風力発電向けのビジネスを拡大していきたいと考えています。個人としても今回新規事業の立ち上げに携わり多くを学ぶことができたので、この経験を生かして日本郵船の新たな歴史になるような新規事業を作っていけたらと思っています。」