日本郵船の挑戦

Project Story ―Table Session-


宇宙事業への参画、新たなイノベーションを

Outline of the Project

今、日本郵船で、従来とは異なるフィールドである宇宙事業へのチャレンジが始まっている。そのきっかけとなったのは、日本郵船内の「NYKデジタルアカデミー」の起業家育成プログラムだった。ここで当時海外赴任していた3人が同じチームになった。コロナ禍の中、オンラインでプログラムを受講しつつ、チーム内で多様かつ活発な議論が交わされた。テーマの一つにあったのが新規事業の創出。3人の議論の中から生まれたのが「宇宙事業」であり、それは具体的にプロジェクトとして着手されることになる。現在進行形のプロジェクトについて、その誕生の経緯から現在の取り組み状況まで、当事者の3人に語り合ってもらった。

Member

Daisuke Suga

JAXA 研究開発部門 第四ユニット(筑波) 出向(取材当時)
2008年入社

日本社会の生活基盤を支える海運という業種に興味を持ったのが、日本郵船にアプローチするきっかけとなった。さらに海外で活躍できるフィールドがあること、少数精鋭でアットホームな雰囲気に惹かれて入社を決めた。入社後、製鉄原料運航チームに配属、その後シンガポールや中国・上海のグループ会社に出向。2023年4月、イノベーション推進グループ先端事業・宇宙事業開発チームに配属。同年10月より現職。

Makoto Yamaguchi

(株)MTI(Monohakobi Technology Institute) 出向(取材当時)
2005年入社

一技術者として単に技術の追究のみならず、もっと大きな視野で、技術をベースに世の中に貢献していけるフィールドを海運会社に見出した。就活時、社員の雰囲気や社風を感じる中で、自分の能力が活かせる会社であると感じ入社を決めた。入社後、研修を経て郵船エンジニアリング出向、その後LNGグループで技術職としてLNG船計画に携わる。2018年、シンガポールのグループ会社に出向。2021年より現職。

Go Imai

Ocean Network Express Singapore 出向(取材当時)
2008年入社

就活時、漠然とながらも社会に貢献する仕事をしたいと思った。社会を支える経済を考えたとき思ったのが、モノの流れとカネの流れが経済を動かしていること。日本郵船は陸海空のものの流れをビジネスフィールドとしていることを知り、ここで働くことで社会貢献の実感が得られると感じ、入社を決めた。入社後、製鉄原料グループに配属、NYK Container Line名古屋支店を経て、2015年からシンガポールに赴任。2017年より現職。

Session 01

「海外組」3人の新規事業の検討から生まれた、
「宇宙」と「船」を組み合わせた「ロケット洋上発射船」。

寿賀2021年当時、私は上海に駐在中でした。現地では事業再編や企業再編のプロジェクトに従事していたのですが、中国でEVをはじめとした新しい事業が次々と立ち上がるのを目の当たりにして、「何か前向きなことがしたい、自分でも新規事業を立ち上げたい」と思って、社内の起業家育成プログラムであるNYKデジタルアカデミーに応募しました。

山口私も、当時シンガポールの船舶管理会社に出向していました。造船をはじめとした海事産業は、ここ数十年でパラダイムシフトが進んでおり、日本の海事産業に閉塞感を感じていました。業界を変えるために何かしなければならない。それがNYKデジタルアカデミーへの応募のきっかけでしたね。

今井山口さんと出向先は異なりますが、当時から現在まで、私もシンガポールに駐在しています。ビッグデータを活用したコンテナの最適化プロジェクトに関わっていますが、そこではデジタル関連のスキルが求められます。NYKデジタルアカデミーのプログラムの一つに、デジタルリーダーを育成するというものがあり、それに惹かれて応募しました。

寿賀私たちは、多分「海外組」ということで、同じチームになったわけですが、プログラムの中に、チームで新規事業を考える機会がありました。デジタルアカデミーの「24時間夢中になれることを」「NYKの強みを活かしてビジネスを」というアドバイスをもとに、3人で議論しアイデアリストを出していきましたね。

山口いろいろなアイデアが出ましたが、次第に意見が収斂していったと思います。私は乗り物が好きなので、それに関連する新規事業を提案、寿賀さんからは宇宙という言葉も出ました。乗り物、宇宙というキーワードを受けて、今井さんが具体的な案を出しましたね。

今井ええ、昔ニュースで見たある映像を思い出したのです。それは船上からロケットを打ち上げるというもの。「あっ、これだ」とひらめくものがありましたね。それが、宇宙と船を組み合わせたビジネスを軸とした「ロケットの洋上発射船」。

山口今井さんの案がプロジェクトとして具体化していくわけだけど、私自身、高校・大学で一度考えたことがある宇宙産業への挑戦を、再度日本郵船でできるとは思っていなかったので、大きなワクワク感とともに本当に具現化したいという気持ちになりました。

寿賀奇抜だし、面白そうなアイデアと思いましたね。いろいろ調べてみると、洋上であれば場所が固定されないため、ロケット打ち上げ需要に柔軟に応えることができ、また陸上に比べて周辺環境への影響は少ない。衛星を理想的な軌道に乗せるのは、洋上からの打ち上げが相応しいこともわかってきました。

Session 02

JAXAの共同研究プログラムに応募し当選。
「洋上回収研究」というプロジェクトが始動。

山口社長や役員の前で最終発表を行った後、会社のファンドを使ったビジネスコンテストへの応募や、グレーター東大塾という宇宙の勉強会に参加するなど、宇宙にの関する知見を蓄積していく一方、これまでの大学・社会人生活の中で築いたネットワークをフルに活用して社外企業や大学にアプローチしました。私は技術職なので、面談時は構想を具体化していく上での技術的な観点からブレストを行い、計画の実現可能性を探っていきました。

今井そうでしたね。社外の企業にアプローチする作業は重要でした。ロケットの洋上発射というアイデアが宇宙産業に貢献できるという我々の仮説を検証するため、宇宙産業関連企業へ面談を依頼し、また人脈を頼って可能な限り多くの方にヒアリングする機会を設けました。さきほど山口さんがワクワク感を指摘しましたが、私も同様でした。そのワクワク感のまま、できる限り多くの社外有識者に話を聞き、一つずつ確実にアクションを積み上げていこうと思いました。

寿賀初期の段階では、3人それぞれが、とにかく宇宙関連の企業や団体の関係者に会って話を聞きました。そして自分たちの計画が果たして実現可能なのかどうか、実現のために何が必要なのかを明らかにしていく作業でした。そして、我々がアプローチした会社の一つが、日本の宇宙産業を牽引している民間企業の一社である三菱重工(MHI)様。当初は、「日本郵船は宇宙やロケットに興味を持っているらしい」程度の印象だったと思いますね。

山口その風向きが変わってきたのは、運やタイミング、偶然性があったと思います。今回のプロジェクトが本格的に始動したのは、2021年末、MHI様からJAXA(宇宙航空研究開発機構)の共同研究プログラムに応募しないかとお誘いがあったからであり、応募の結果、見事当選しプロジェクトは始動することになりました。人との出会い、人と人との関係性の大切さを実感しましたね。

今井テーマは、将来的には「洋上ロケット打ち上げ」を視野に入れていますが、まずは「洋上回収研究」。これは再使用型ロケットの1段目を洋上で回収するシステムであり、回収し再使用することで大幅なコストダウンが実現します。

寿賀洋上回収研究は実現可能性を検討するチャレンジ型(第1ステップ)から、2023年度より、具体化を検討するアイデア型(第2ステップ)に移行しました。このタイミングで、NYKとしても宇宙事業をやっていこうというトップのコミットメントがあり、2023年3月に発表した中期経営計画内でも、取り組む新規事業の一つに「宇宙関連事業」が記載されました。

Session 03

プロジェクトのテーマの一つ「衛星データの利活用」。
世界の海を運航する800隻の船舶を活用。

寿賀振り返ってみると、3人だから継続するできたと感じています。1人では絶対できなかった。3人でうまく繁忙期などを調整しながら粘り強く進めてきました。週に1度の定例会は、みんな欠かさずに参加しましたしね。

今井3人とも物理的に離れた場所にいましたから進捗共有やアクションアイテムのに整理に工夫が必要でした。現業と両立させる必要がありましたから、タイムマネジメントは苦労した部分、業務時間外にプロジェクトを進展させる必要がありましたからね。

山口技術者の視点から指摘すると、どのような段階でも技術的なフィージビリティが求められる点は、従来の業務とは大きく異なりました。フィージビリティがないと無謀な構想と思われますし、自身が何かやるにあたってもそれは必要でした。技術的な観点は自分が一手に担うという気持ち、責任感がありましたね。

今井確かに、技術的な部分の検討は山口さんに担ってもらいました。私が言い出した、ロケットの洋上発射案でも、技術的にクリアすべき課題を洗い出してもらっていますし、それは今も継続中です。ロケットの洋上発射はコストや安全性の確保、部品の煩雑なロジなど、様々なペインポイントを一挙に解決できる可能性があると思いますね。

寿賀ロケットの洋上打ち上げ、洋上回収に加えて、今回のプロジェクトはもう一つテーマがあります。それが衛星データの利活用。日本郵船は世界の海で800隻以上の船舶を運航しており、海上での衛星データの利活用の可能性を探っています。

今井その取り組みの一環として、2023年4月から9月まで、大手企業が主催する宇宙産業の事業開発に特化した、アクセラレーションプログラムに参加しました。スタートアップ2社を選定し、船舶の最適航路設計と船舶のGHG排出量削減という課題解決の取り組みを継続していますが、個別で衛星データ利活用に関しての協議を進めていますね。

寿賀ええ、この海上での衛星データの利活用に関しては、すでに、「船」というリソースを数多く有し運航していますから、早期の実現可能性があると考えています。

Session 04

宇宙産業におけるゲームチェンジャーへ。
「船」で社会課題を解決できることを示したい。

寿賀プロジェクトの達成度はまだ10%程度だと思います。ただこれまでを総括すると、社内外のパートナーとのネットワークが拡大し強固になり、プロジェクト遂行に向けて体制基盤が整ったことに、着実に前進している手応えを感じています。

山口そうですね。プロジェクトはまだまだ初期のフェーズ。収益化を含めたビジネスモデルの確立、法規制に対する整備、技術的なハードルをクリアすること、制度設計など、やるべきことは山積しています。しかし我々3人で始めたアイデアに対する業界内のサポート、賛同は感じられており、社内外に日本郵船の宇宙産業挑戦の意思は伝えられていると思いますね。

今井ええ、これまで宇宙産業とは無縁だった日本郵船ですが、我々3人の仮説・提案に宇宙産業のプロがポジティブに対応してくれますし、受け入れてもらっている。宇宙産業の右肩上がりというトレンドは明確ですが、一層の成長発展のためには課題も少なくないと思います。その課題を日本郵船が有するユニークな技術・知見で課題を解決することで、最終的には、宇宙産業におけるゲームチェンジャーとなる可能性を秘めたプロジェクトだと思いますね。

山口最終的な目標は、日本郵船が普通に宇宙ビジネスを多面的に展開し、新たな収益のに柱になっている状態だと思います。そこに向けてかなり長いスパンでの取り組みが必要であり、まずは足元の小さな需要から具現化していくことが重要だと思います。

寿賀そうですね。今足元で取り組んでいる洋上回収、洋上打ち上げのプロジェクトを実現できるように進めていかねばならない。海洋国家である日本において、ロケットの回収・打ち上げができるプラットフォームを提供できれば、日本の社会・経済を支える基盤になると思いますし、グローバルで見た宇宙産業にも大きなインパクトを与えられると思いますね。

山口ええ、一つの大きな区切りとなる洋上回収・洋上打ち上げに目途が付くと、明確に「宇宙インフラの日本郵船」という立ち位置が築けると思う。そこに向かって邁進していきたいと思っています。

今井一方で、海運業界にとっても「船」自体が持つポテンシャルを再認識させられるプロジェクトにしたいですね。LNGや重油、コンテナ、鉄鉱石等々、貨物の輸送という既存の用途以外にも、「船」で様々な社会課題を解決できることを示していきたいと考えています。