これが私たち日本郵船の「仕事」です日本郵船グループの取り組み

(後編)ロケット洋上回収船に挑む技術者たち

日本郵船とグループ会社のMTIの2人のエンジニア

ロケット洋上回収船には、船上にロケットが着陸できる環境をつくるだけでなく、降下してくる機体を迎えられる態勢を海上でつくり、それを維持する仕組みも欠かせません。後編では、日本郵船グループで進めるロケット洋上回収システムの開発を支える「機体捕獲」と「遠隔運用」の技術に着目。これらの開発に携わる日本郵船の技術者とグループ会社であるMTIの研究員に、それぞれの技術が担う役割や取り組みに込める思いを聞きました。

ロケットの「良いキャッチャー」に

――前回のインタビュー(中編)で、ロケットを船上に着陸させる際には船を定点に留める技術も欠かせないと伺いました。

小知井:私が担当しているのは、広く言えばロケットを安全に船上で回収するための「機体捕獲」の技術開発です。機体捕獲は、ロケットが船を目標位置として降下する「相対誘導」と、船が回収地点として適切な位置を維持する「定点保持」 を組み合わせ、一つの回収システムとして成立させる取り組みです。

船を定点に保つ技術、いわゆるDPS(Dynamic Positioning System/自動船位保持システム)は、海洋開発といった分野で培われてきました。洋上回収船では、これらDPS技術を応用することでロケット側の性能を考慮しながら着船可能な位置や姿勢を海上につくり、それを必要な時間維持することが求められます。そのため、ロケット側と船側のどちらか一方だけで考えるのではなく、両者の性能を組み合わせて機体捕獲を成立させることが、「良いキャッチャー」となるための要点になると考えています。

日本郵船 技術開発グループ・海洋技術チーム 小知井秀馬

日本郵船 技術開発グループ・海洋技術チーム 小知井秀馬

――ロケットが降下するときに目指す着陸地点は、どのように決めるのでしょうか。

小知井:現時点で整理している代表的な考え方としては、大きく二つの方向性があります。一つは、あらかじめ定めた地点を共通の目標として、ロケットと船の双方がそこで待ち合わせる考え方です。もう一つは、船側から参照となる情報を送り、ロケットが船の状態を踏まえて調整しながら降下する考え方です。より良いシステムとして実際にどのような情報をやり取りし、どのような役割分担で運用するのが適切かを検討しています。

これら検討の中で難しいのは、船が波や風の影響を受けて海上で常に揺れ動く中で、どのような気象・海象条件であればロケットが安全に着陸できるのか判断する基準を定めることです。「この範囲であれば機体捕獲を成立させられる」という評価軸をつくることが重要になります。


――評価軸を定めるために、どのように検討を進めていますか。

小知井:ロケットと船では、機体のスケールも動き方や機敏さも大きく異なります。加えて、実機を使って繰り返し試すことも容易ではありません。そのため、シミュレーションを活用し、条件を一つずつ確認していく必要があります。特に重要なのは、ロケット側と船側のシミュレーションをどのように組み合わせるかです。ロケット側では着陸場所に向かってどのように降下するか。船側では、波や風を受ける中でどのような船に設計し制御するか。このような現象を明らかにするため、それぞれのシミュレーションを組み合わせることで、船とロケットの動きが機体捕獲にどのような影響を与えるのかを定量的に評価しようとしています。

現在は、評価に必要となる考え方や判断基準となる要素の整理が進みつつあり、そこからロケット側と船側に必要となる性能を明らかにしている最中にあります。

「無人運用」が安全回収の要

――では、実際にロケットを回収する場面では、洋上回収船をどのように運用するのでしょうか。

松下:今回のロケット洋上回収システムでは、洋上回収船と司令船の2隻体制を想定しています。洋上回収船は回収海域までは司令船とともに有人で航行しますが、ロケットの着陸や着陸後の機体の固定、残った推進薬の処理といった安全化作業が終わるまで、人命の安全を考慮して無人で運用することを想定しています。船を無人の状態に保ちながら回収に必要なオペレーションを行う「無人運用」において重要になるのが、司令船など船外から洋上回収船の状態を確認し、必要な操作を行う遠隔運用の技術です。

船の遠隔操作や自律運航の技術はすでに実用レベルに近づいています。ただ、これらは基本的に人が乗船している環境で、既存の運航に必要な作業の一部をシステムが担うことを前提としています。今回の取り組みでは、無人にせざるを得ない洋上回収船の運用をどう定義し、かつ安全に実現するかが新たな課題になります。

株式会社MTI システムインテグレーション&コンサルティンググループ・システム設計開発チーム 兼 宇宙技術チーム 松下凜太郎

株式会社MTI システムインテグレーション&コンサルティンググループ・システム設計開発チーム 兼 宇宙技術チーム 松下凜太郎

――司令船が担う役割を教えてください。

松下:司令船は、ロケット回収時に洋上回収船から人を退避させるための船であると同時に、洋上回収船を遠隔監視・操作する拠点でもあります。ロケットの回収海域は沖合約1,000キロメートルを想定しており、その距離にある洋上回収船を地上からのみで遠隔監視・操作するのは、非常時対応なども考慮すると非合理的であり、現時点では実現性も低いと考えられます。そのため、安全を確保できる距離に司令船を配置したうえで、洋上回収船の状態を確認しながら運用します。

具体的には、洋上回収船から数十キロメートル程度離れた場所で、定点保持システムや通信、安全化に関わるシステムなどが正常に機能しているかを確認し、オペレーションを継続できる状態かを判断していくことになります。洋上回収船と司令船による2隻体制で運用し、さらにロケットも含めて一体的に機能することから、これらを総称して「ロケット洋上回収システム」と表現しています。

――船自体の各技術の開発に加えて、ロケット側の技術開発もあわせて一つのシステムとしてまとめていく点にも、難しさがありそうです。

小知井:最も難しかったのは、まず「何をつくるのか」を定義することでした。船側を担当する日本郵船には船の動きや運用に関する知見があり、ロケット側の開発を担う三菱重工にはロケットを仕上げ、適切に制御する技術と実績があります。ただ、それぞれの分野で使われる指標や考え方は同じではありません。双方の知見・専門性を組み合わせ、どのようにそれぞれの設計条件に落とし込み、回収システムを成立させるのかを手探りで整理していく大変さがありました。様々な議論やシミュレーションを重ね、同じ現象を船側とロケット側の双方の視点から確認することで、お互いの前提や必要な条件をすり合わせてきました。例えば、ロケット側が求める着陸時の条件を、船側ではどのような性能や運用で実現するのかを整理していく必要があります。実際の運用をイメージしながら、領域横断的な検証を重ね、最終的にどのようなシステムとして形になるのかを常に意識することを大切にしています。こうした異なる分野の要求や考え方を結び付けていくことが、
このシステムを成立させる上で重要だと感じています。

松下:船とロケットでは、安全に対する考え方や設計の進め方など、重視するポイントが異なります。そのため、まず関係者が同じ前提に立って議論できるようにすることが大切です。

そうした共通認識を築く手法の一つとして、MBSE(Model-Based Systems Engineering)という考え方も取り入れています。MBSEは、システム全体を情報が集約されたモデルとして整理し、必要な条件や機能同士のつながりを見えやすいようにするものです。各技術・要素が互いにどう関係しているのかを、関係者が同じ情報を見ながら確認できるようにすることで、認識のずれや見落としに気づきやすくなります。そうした共通の土台を持ちながら、分野の違う技術を一つのシステムとしてまとめていくことを意識しています。

海から宇宙へ、「価値」を運ぶ

――ここまで、ロケット洋上回収システムを支える技術について聞いてきました。お二人のこれまでの経験は、今回の開発にどう活きていますか。

小知井:入社後は、工務部門で船の仕様検討や搭載機器の選定などに携わりました。その後はMTIに出向し、エンジンに関するシミュレーション開発などにも取り組みました。船の建造や運用に正面から向き合った経験と、未知の現象をモデル化し仮説を立てて検証する経験は、今回の開発に活きていると感じています。

また、大学では航空宇宙工学を学んでいた時期もあり、船だけではなく空や宇宙に関わる技術にも関心がありました。そういった背景から、入社時に意気込みを書く機会には、「陸・海・空・宇、あらゆる領域のモノハコビを実現できる技術者になりたい」と書いたことを覚えています。かつて学んだ航空宇宙分野に、大好きな船を題材として、そして海運会社の技術者として関われていることをうれしく思っています。

松下:MTIではこれまで、自動運航船に関わるシミュレーション環境の構築に取り組んできました。今回のように、実物で容易に試すことができないプロジェクトでは、シミュレーションを通じた事前検証が開発の土台になります。これまで培ってきた検証の進め方や、シミュレーション環境をつくる経験が活かせています。

このプロジェクトには検討の初期段階から関わり、どのような運用が必要か、そしてどうすればそれを実現できるシステムを作れるのかを考えてきました。異なる分野の技術者と議論しながら、まだ形のないものを具体化していくところに、大きなやりがいを感じています。

――日本郵船グループが宇宙事業に取り組む意義をどのように感じていますか。

小知井:日本郵船の仕事は「モノ運び」ですが、企業理念の「Bringing value to life.」にもあるように「価値運び」でもあると考えています。船はこれまで港と港を結び、地球上に「横方向」のモノや価値のつながりをつくってきました。宇宙事業では、その役割を地球と宇宙をつなぐ「縦方向」にも広げられる可能性があります。
地球表面の約7割を占める海を、宇宙輸送や衛星通信のインターフェースとして活用できれば、ロケットの打上げ・回収といった物理的なアクセスの拡大に加え、海上を含む地球規模での情報の接続や活用にも貢献できます。宇宙事業の取り組みが進むことで、海そのものを宇宙との出入口とし、日本郵船がモノや価値をつなぐ領域を、さらに広げられるのではないかと考えています。

松下:MTIでは普段、研究開発の立場から船舶に関わる技術の検証やシステムづくりに関わることが多いですが、今回のプロジェクトではロケット回収を事業として成立させるための技術検討に参画しています。ロケット回収は、一度実現すればよいというものではなく、継続的な事業として成り立たせることまで考える必要があります。そのため、事業開発、エンジニアリング、研究開発のメンバーがそれぞれの知見を持ち寄り、技術と事業の両面から議論しています。こうした進め方は、今回のロケット洋上回収システムの開発に限らず、今後グループとして新しい事業に取り組むうえでも生きてくると考えています。

模型を持つ2人

――最後に、今回の経験を今後、どのように活かしていきたいですか。

小知井:明確な仕様や前例のないプロジェクトでも、新しいコンセプトデザインを提案できる技術者になれるように、今回の経験をさらに広げていきたいと考えています。ロケット洋上回収システムの開発を通じて、「技術的に何ができるか」だけでなく、「事業として何を実現したいのか、そのためにどのようなシステムが必要なのか」を強く意識するようになりました。今回の経験と知見を今後も様々な取り組みに活用し、事業側の要求やミッションの目的を理解し、それを技術開発や調達に落とし込める、事業と技術をつなぐ「翻訳者」のような人材を目指したいと考えています。

松下:異なる分野の人たちと一緒に考え、技術を統合していく力は、これからさらに重要になると思います。今回の経験を通じて、異なる技術を組み合わせる際に、どこから検討を始め、どのように関係者の共通認識をつくっていくべきか、その考え方を得ることができました。今後も新しい取り組みの中で、コラボレーションやインテグレーションを促進する立場として、この経験を活かしていきたいです。

海運で培った知見を宇宙へ――。前編から後編にわたって紹介してきたロケット洋上回収システムの開発は、その挑戦の一端です。日本郵船グループは、海と宇宙をつなぐ新たなインフラの実現に向け、これからも技術開発と事業化の検討を進めていきます。