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それぞれの
バックグラウンドを活かし、
真の海技力を育む

2024.01.29
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海技者としての道のり

日本郵船には、現在約600人の日本人海技者※1が在籍しており、海運業の現場を支える重要な存在として活躍している。高い専門性が求められるからこそ、彼らのキャリアの道のりは長い。人事グループ海上人事チームの重要な業務の一つが、入社から一貫した海技者のキャリアサポートだ。
チーム長の竹下は、「三級海技士の免状を取るためには、12カ月間の乗船履歴が必要であり、その条件を満たすいくつかのルートがあります」と説明する。

海事系大学(船員教育機関)を卒業した新入社員は、卒業時点で在学時の実習で取得した6カ月間の乗船履歴があるため、入社後の実習で残りの6カ月間の乗船履歴を付け、免状を取得する。もともとは、このルートをたどる新入社員が最も多かった。しかし、2005年策定の中期経営計画で、「船隊規模の積極的な拡大」が掲げられた時期においては、増加する船舶に乗り組む船員の確保・育成が大きな課題となっていた。
そこで2006年からは国内で他社に先駆けて、一般大学などを卒業した新入社員を自社で海技者に養成する制度を開始。現在は、商船系と呼ばれる船員教育機関(海事系大学・商船高等専門学校)から入社する社員数と、自社養成枠で入社する社員数がほぼ同数になっている。

自身に向き合う姿勢を支え、成長を見守る

「自社養成枠で入社した社員が海技者として船に乗るまでは、入社して2年程度を要します。その間に、船に関する専門分野の講習や、陸上・海上での実習を行い、国家資格の取得を目指します」とチームメンバーの石川は言う。長い養成期間を必要とすることで、新入社員はキャリアプランに現実味を持てず、自身の現在地点に対して不安を感じることもある。さらに、数カ月もの間乗船する働き方は、陸上での働き方とは全く異なるものだ。

チームメンバーの髙山は、「全長約300mの船という物理的に閉鎖された空間で、外国籍の船員を含めて20数名で長期間過ごすという特殊な状況下では、人間関係や船内環境に対する苦労がつきものです。特に経験が浅いうちは、小さなコミュニティの中で先輩社員との経験の差を痛感する瞬間が幾度となくある上に、その状況から物理的、心理的に距離をとることを困難に感じる時間が続きます」と説明する。

しかし髙山は、「ボートも漕ぎ始める時はすごく重いですよね。一方でスピードが上がってくると、慣性が働いて気持ちよく進む。海技者のキャリアは、ボートのようだと思うことがよくあります」と続ける。
石川も、「特殊な環境下での業務である上に、慣れない中で最初は厳しく注意・指摘を受けることも多いと思います。でも、先輩たちも同じような経験をしてきているので、周囲のフォローでいい仕事につながることも多くあります。下船後にそれらの経験をすがすがしい顔で話してくれる若手社員もいます」と強調する。

「私たちは3人とも海技者であり、現在は陸上勤務をしています。陸上での業務と比較した際に、海上での業務にどのような特殊性があるのかは一般的には想像しにくいと思います。いざ現場に立つとすごく大きなギャップを感じる人もいて、その部分をどうすればしっかり埋められるか、日々考えています。特に若手には、苦労の先にある未来を意識してもらえるよう尽力しています」と竹下は言う。

日本郵船では、2020年よりPDO(Performance Development Officer)と呼ばれる制度を開始した。これは、海技者一人ひとりとの対話を重視して、個人の適性に寄り添った育成を目的とするもので、乗船・下船のタイミングを基本として海上人事チームが1対1の面談を実施している。

髙山は、「私自身、海上勤務の時は基本的に会社に来ることはありませんでした。正直、日本郵船の一員だと実感する機会は、陸上勤務の現在と比べて少なかったように思います。ただ、PDOが導入されていなかった時代にも、折々に海上人事チームの方が必ず声をかけてくれました。当時はそのおかげで会社への所属意識を見出せたように思います」と振り返る。自身も実際に経験した「対話を通じた育成」が制度化されたことの意義は大きいと感じている。

石川も自身の経験と重ね、「誰しも最初は多忙な業務で、心身ともに疲れを感じる瞬間があると思います。しかし、それを乗り越えて得た知見は、海技者としてのかけがえのない財産となります。みんなが経験する壁だからこそ、自分なりの乗り越え方を見つけて、前に進んでほしいと思います」と語る。

綱渡りのようなコロナ禍での配乗

海上人事チームは、いつ誰が乗船・下船をするのかを管理する配乗業務も担う。ひと口に船と言っても、自動車専用船やエネルギー輸送船など船種によってオペレーションは異なるため、海技者にとって自分が次にどの船に乗るかは大きな関心事だ。また新入社員の社船実習に関しても配乗を行っている。

コロナ禍で配乗業務をした石川は、綱渡りのような経験が幾度もあったという。「当時は乗組員交代の条件がかなり厳しく、しかも毎週のようにルールが変わりました。それをキャッチアップしながら、何とか乗組員を交代させていくというのが、1年ぐらい続きました。われわれとしても相当なプレッシャーでしたが、船を止めないためには乗組員を交代させることが不可欠なので、そこに使命感を持って業務に当たっていました」と言う。

また、「新人育成に関してもコロナ禍での規制が多く、厳しい状況の中で社船実習を実施しなくてはなりませんでした。船舶管理会社や各学校および国土交通省とさまざまな調整を行い、なんとか自社養成者も免状を取得することができました」と振り返る。
コロナ禍という苦難の中でも海技者のために何ができるかを常に考え、海技者の未来を紡ぐことができた。

未来を見据え、真の海技力を養う

変化の激しい時代においても、島国である日本で海運業がなくなることは考えにくい。しかし、そのあり方は今後大きく変化していくだろう。最新のテクノロジーを駆使した自律運航船や新しい燃料の使用など、海技者には次々と知識のアップデートが求められる。

石川は、「今までの10年とこれからの10年は、変化のスピードが全く違うと思っています。海技者としても変化し続けなければいけない中で、強みになるのは現場で培う海技力です」と話す。

真の海技力とは何か。

髙山は、「船での働き方は、一人ひとりの明確な役割が『安全運航』という目的に向かって有機的につながることで成立します。航海士を例にとると、航行中の重要な業務の一つに『船位測定』があります。大昔はコンパスで方位を測る測定係、それを記録する記録係、測ったところに線を入れる作図係と役割が細分化されていました。最初に一番簡単な測定係を経験し、熟練すると次の役割に移ります。こうした段階を経て、航海士は自分の仕事に紐づく業務を理解していったのです。最高指揮者である船長は、すべての航海士業務を理解しているからこそ、さまざまな不測の事態が起こる船上でも状況に応じて最適解を見つけ、継続的な安全運航を達成できます。現在は機械でできる業務も増えましたが、こうした船での働き方においては、海技者にコミュニケーション能力と、チームワークが重要であることは、今も変わりません」と言う。

「海技力とは、『いかに安全・確実に貨物を運ぶか、という現場での経験や知識』だと私は思っています。海上を走る船内で起こることすべてを経験できるのは、実際に船を動かすことができる私たち海技者だけです」と石川は続ける。
ヒトもモノも、限られたリソースのみを乗せて運航する中、例えば突然のトラブルがあり「これが解決しなければ船が進まない」という状況になると、海技者一人ひとりが力を最大限に発揮しながら緊急事態に対処することが求められる。こうした個の力を活かしたチームワークの経験は、新しい物事に取り組む際に必ず役立つという。

2023年6月、日本郵船の人事部門は社員と会社双方が目指す人材像として「軸のあるジェネラリスト※2」という道しるべを掲げた。海技者は海上だけでなく、陸上勤務の際にもオペレーションやプランニング、営業支援などで海技力を発揮し、さまざまな業務に当たる。海技者の「軸のあるジェネラリスト」像とはどのようなものか。

「ここでいう『軸』というのは自身の強みとなる職務遂行スキルを指します」と竹下は説明する。続けて、「時代がどんどん変わり、事業も広がっていく中で、海技者においても海技力だけではない、今までとは全く異なる『軸』を立て、ジェネラリストとして幅広い知識・経験・スキルを得ていく必要があります。どのように『軸』を立てるのか、そのためにどんな支援ができるのか、議論を重ねているところです。考えを語り、対話を通じて構築していきたいと思います」と力強く語った。

海運を現場で支えるのは、船から学びを吸収してきた海技者たちだ。彼らの長期的なキャリアに寄り添う海上人事チームが、海技者の真の海技力をどのように活かし、会社全体を引っ張っていく人材をいかに育てていくのか。海上で自身と向き合い、強固なチームワークの実践を続けてきた彼らだからこそ、必ず次の策を立て、新たな進路を切り拓いていくに違いない。

インタビュー 2023年10月24日

  • ※1 海技者
    国家資格である「海技士」免許を保有し、安全な船の操縦を行う「航海士」と船内の機械の専門家である「機関士」の知見を元に、海上のみならず陸上での勤務も行う社員。
  • ※2 軸のあるジェネラリスト
    日本郵船が提唱するキャリアの道しるべで、ジョブローテーションを通して自身の強みとなる職務遂行スキルを磨き、それを軸として持つ人材のこと。
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