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ネット・ゼロ実現に向けて
針路を示す。
脱炭素グループの使命と挑戦

2023.11.28
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不透明な旅路を切り拓く

「2050年ネット・ゼロエミッション」達成のためにどう動くべきなのか。
不確実な未来の目標達成に向け、日本郵船(株)グループが進むべき道を示すリーダーが求められる。脱炭素への歩みを導く司令塔として、脱炭素グループは2023年4月、ESG戦略本部内に設置された。

さかのぼる2022年10月、企画グループ内に脱炭素推進チームが設置された。この脱炭素推進チームと旧環境グループの大半の機能を統合した組織が脱炭素グループだ。

前身である旧環境グループに身を置いていた宇田川は「旧環境グループは社内のアドバイザリー機能のような位置付けでした。全社的な脱炭素の本格化に向けて執行サイドへとスタンスを変えたという点で、今回の組織変更には大きな意味を感じています」と話す。新設されたESG戦略本部の中で、脱炭素グループは確かな執行を担う。

「脱炭素の取り組みは非常に長い時間軸です。今日、明日で終わるような話ではなく、今後10年、20年、30年とずっと続けていかなければなりません。過去から脈々と続けられている旅路のような取り組みです」と脱炭素推進チーム長の加藤は語る。

世界が気候変動へどう対処するか、考え方の変化も起こり得る中、長い時間軸を捉えて脱炭素に取り組むことは、日本郵船グループの持続可能性と将来の企業価値を確実に高めていく。

これは脱炭素グループだけでかなえられるものではない。会社全体が同じ意思で目標達成を目指すことで実現に近づいていく。一人ひとりの力と意識の変化が、だんだんと大きな波を起こすのだ。全社員への浸透を目指す加藤は「先が長く不透明な取り組みだからこそ、どの方向に進んでいくのか、はっきりとした針路を示すことがわれわれのミッションです」と、固い決意を持つ。

脱炭素を先導するために

脱炭素グループは脱炭素推進チーム、業務企画チーム、環境規制チームの3チームから成り、各チームが日々連携しながらある一つのターゲットを目指す。日本郵船グループ全体での脱炭素の「自分ごと化」だ。

業務企画チームは流れの速い欧州の規制動向をキャッチし、規制に対応すべく実務に即したセットアップとケアを行う。国際的なルールメイキングに参加する環境規制チームは、技術的な側面から規制対応を現場に落とし込む。全社的な脱炭素戦略を立案・主導する脱炭素推進チームは社内情報交換会や研修を数多く行うなど、それぞれのチームが社内浸透に力を入れてきた。

加藤や環境規制チーム長の今井が開催する社内勉強会の参加者はこの数年で4倍に増えている。宇田川は、「GHGに関するデータの開示要請も強まる中、『何となくやっていればいい』という時代は終わりました。だからこそ、会社という事業体にオペレーションを落とし込んでいく重要性は私の中ですごく意識しています」と力を込めた。

「GHGの月次集計は本当に大変ですし、確実に各部署の業務量が増えました。皆さん大変だって思いながらも、絶対できません、と答える人はいません。これは自分たちにとって欠かせない業務であることを理解していただきつつある証左で、この半年くらいで『自分ごと』の良いサイクルが回り始めているのではないかなと感じます」と本社内での関心の高まりを実感する。

先頭に立つからこそ得られる情報や、触れることができる価値観もある。脱炭素グループに見えているものを全社に共有し、時にはグループ社員の視点を同じ高さまで引き上げ、自らも脱炭素という旅路を歩むべきなのだという実感を届ける。この「自分ごと化」こそ、日本郵船グループの脱炭素を先導するリーダーたちがまず成し遂げたい任務であった。

全員が見つめられるゴールを示す

2023年11月、日本郵船は「NYK Group Decarbonization Story (NDS) (以下:脱炭素ストーリー)」を公開した。

「このストーリーの読者はわれわれグループ社員です」と加藤は言う。
世界中のナショナルスタッフへ、日本郵船グループの脱炭素戦略は届いているのか。浸透しているのか。脱炭素グループが設置されている本社と現場との間に、モノサシの違いがあることを3人は認識している。

「現場スタッフのモノサシは『安全』や『ビジネス』です。そこへ突然環境規制が入ると、船のスピードに制限がかかり、これまでの走り方ができなくなる。ビジネスが成り立たなくなることだってあり得るんですね」と、自身も機関長として10年以上海上で勤務した経験を持つ今井は話す。

船のオペレーションは判断の連続だ。その判断によって世界のインフラを崩すようなことがあってはならない。だが、「判断にGHG削減の観点を持っていなければ、やがて戦えなくなる世界がすぐそこまで来ています」と加藤は続ける。

船が目指す目的地の先に、見据え続けなければいけない未来がある。経済性のモノサシとESGのモノサシを一つにする手段として脱炭素ストーリーは制作された。

脱炭素グループは全社を横串でつなぐ機能を持つからこそ、掲げるべきは個別のビジネス戦略ではなく、全社的な脱炭素推進の軸となるコンセプトだ。

どのように脱炭素へ取り組めば日本郵船グループの企業成長につながるのか。事業やプロジェクトを実行するのは紛れもなくグループ社員一人ひとりだ。彼らが事業で目指す方向を定める揺るぎない概念を示すことは決して簡単ではなかった。しかし、企業の成長戦略と脱炭素への取り組みが1本の糸としてより合わせられていなければ、巨大な組織が一つの方向を見つめることは難しい。

制作の指揮を執った加藤は、成長戦略と脱炭素戦略の結びにかけた長い時間を振り返る。

「自分たちの取り組みを紹介するだけであれば難しいことはないです。ただ、われわれは脱炭素という非常に不透明な取り組みに大きな資金をかけて取り組んでいます。それだけの資金を投入して脱炭素へ取り組むことに不安を覚える社員もいると思います。だからこそわれわれは、どこへ、どのように進むのかをしっかりと示さなくてはなりません。確実に企業成長につながるとわかれば、脱炭素へ取り組むことがいかに必要か、積極的に取り組むべきものだということに納得してもらえるのではないかと考えています」

新2030年度目標の「-15%」に込められた想い

2050年ネット・ゼロはこれから起こる技術革新を前提に掲げられた長期目標だ。一方、「2030年度船舶GHG削減量30%以上」という2023年3月に発表した中期経営計画で示された数字は、足元で活用できる技術を用いて達成を目指すもので、経済的インパクトを加味しても実現性に確証がある数字であった。

その2030年度目標を、脱炭素ストーリーの中で「45%削減」へと更新している。

この「45%」という数字は、2015年に国連気候変動枠組条約締約国会議(COP21)で採択、翌年に発効したパリ協定の1.5℃シナリオに沿った削減率だ。気候災害や生物への影響を最小限に抑えるため、21世紀末の気温上昇を産業革命以前と比較して1.5℃以内に抑えるというもので、海運業界で1.5℃シナリオに合致した削減率を掲げている企業は少ない。「『2050年ネット・ゼロ』を宣言する人たちはいても、2030年という中期でここまで踏み込んで目標値を掲げているところはほとんどありません。そこにわれわれは踏み出します」。加藤は、野心的な目標を掲げたと表現した。

高い目標値を掲げ、2050年に向けてステークホルダーとの技術革新を誘発することも目的の一つだ。しかし、加藤はこの数字にそれ以上の意義を込めた。

「1.5℃目標を達成するために人類が大気中に排出できるGHGの上限は決まっています。今、世の中全体で1.5℃目標を達成するために努力しようという中で、いまだにひと昔前の2℃目標を前提とした排出削減量ではだめだと私は思っています。われわれもファイティングポーズを示さなくてはなりません」。

この目標を「野心的な目標」で終わらせることはしない。2030年までの具体的な取り組みと目標削減率を段階的に置いたマイルストーンを立て、経営陣に諮った。脱炭素グループは実現に向けて現実を見つめる。

高い視座を持ってアクションを起こしていくことで、今培う体力がいつか日本郵船グループの競争優位になる。やがて同じ目標を掲げる者が増えれば規制がついてくる。脱炭素グループが打ち出した45%という数字は、日本郵船グループの持続可能性に寄与するだけでなく、海運業界全体の脱炭素の推進に投じられた一石となるだろう。

いつか見たい景色のために、今見るものは

脱炭素は日本郵船グループだけではなく世界全体で達成すべき目標だ。だからこそ、日本郵船グループの持続的な成長と社会課題の解決の両立を担う脱炭素グループにはそれだけの重責が伴う。そんな道を力強く進み続ける彼らのモチベーションの源泉は、どこにあるのか。

「私は実際に船に10年以上乗っていて、自分が乗った船の燃料消費量を計算してみたらCO₂を100万トンも出していました」。その衝撃があまりにも大きかったことが、今井を奮い立たせる一つの要因となった。

2人の子どもを持つ宇田川は、新しい世代のESGリテラシーの高さに日々刺激を受けているという。「普通に小学校でCO₂をキャプチャーする話をしていたり、文化祭で気候変動や生物多様性をテーマにしたりしているのを見ると、自分たちの世代のリテラシーの低さを感じます」と、自分たちの世代のESGリテラシーを一層高め、新しい世代とのギャップを埋める必要性を感じている。

幼い頃から船が好きで、大学では造船工学を専攻した加藤は、船にかける熱量がまさに原動力になっている。「船の技術がとにかく好きで入社しましたが、自分が仕込んだ環境負荷の低い船が世の中の物流に貢献しているとなれば、ものすごく誇りになると思います。いつか南の島で、日本郵船グループの船がGHGを排出せずに走っている姿を見られた日には、最高だなと思います」

脱炭素ストーリーの公開を経て、脱炭素に向けたPDCAサイクルを回し始める準備は整った。ここから先は2030年45%削減に向け、限りなく地道な作業と向き合っていく。簡単ではない。それでも地道な道のりを重ねてこそ目標へ近づく。

あせない原動力を持って脱炭素グループはこれからも着実に歩みを進める。困難の向こうにある大義を見つめ、風を読み、脱炭素社会へ届く波を起こし続ける。彼らと旅路をともにした先に見える景色を想像する。

インタビュー 2023年9月7日

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