日本郵船ってどんな会社?船の世界

世界が見える海運ゼミナール パナマ運河の通航制限と海運への影響

パナマ運河

NewsPicksプロピッカー
日本郵船株式会社 調査グループ グループ長
林光一郎が教えます!

大西洋と太平洋を結ぶパナマ運河で、水不足による通航制限が行われました。その背景と影響、今後の備えを海運の専門家が分かりやすく読み解きます。

◆ここがポイント!
パナマ運河では2023〜2024年に深刻な水不足を背景に通航制限が行われた。
船1隻の通航に約19万トンの水を使用する「閘門(こうもん)式運河」が水不足の一因に。
水不足の背景には人口増加や森林減少、エルニーニョ現象など複合要因が考えられる。
通航制限は船種ごとに影響が分かれ、一部では迂回や積載量の削減が必要に。
水不足は比較的予測可能。業界全体で事前準備と情報共有が重要。

パナマ運河の通航制限

パナマ運河は大西洋と太平洋を結ぶ重要な海上交通路として、世界の海運・貿易において大きな役割を果たしています。パナマ運河を通過する貨物のうち、日本を発着とする貨物の割合は米国、中国に次ぐ第3位で、日本にとっても非常に重要な存在です。

しかし、2023年から2024年初頭にかけて、パナマ運河では深刻な水不足を原因とする通航制限が発生しました。これは、スエズ運河の通航がフーシ派による商船攻撃で困難になった時期と重なり、貿易・物流関係者だけでなく一般にも大いに注目されました。本記事では、パナマ運河の仕組みから水不足問題の背景、そして今後の展望までを、海運専門家の視点から詳しく解説します。

パナマ運河の仕組みとスエズ運河との違い

パナマ運河は閘門(こうもん)式という構造を持つ運河であり、これが水不足の際に通航制限が発生する原因になっています。閘門式運河とは水位の異なる区間を通過するための構造で、水門で区切られた複数の区間を持ち、区間に注排水して隣の区間の水位と合わせることで船を移動させます。

スエズ運河が海面レベルで直接海(紅海と地中海)を結んでいるのに対し、パナマ運河では航路として使われる人造湖であるガツン湖の水位が海面より26m高いため、閘門式が採用されました。

パナマ運河の構造

パナマ運河の構造

閘門式運河では、水をいわば“水のエレベーター”のように利用するため、船が通航するごとに多量の水、具体的には1回の通航で約19万トンの水が使用されます。この水はガツン湖から供給されています。ガツン湖の貯水量が減ると水位が下がり、船が通れなくなるため、水位を確保するために通航制限が行われるのです。

パナマ運河の水不足の背景:長期的要因と短期的要因

2023年に発生したパナマ運河の水不足には、長期的要因と短期的要因が絡み合っています。

● 長期的要因:経済発展と森林減少
パナマ共和国(以下パナマ)の人口が増え、農業などが盛んになる中で、経済活動による水の需要が増えてきたのです。この点に関連し、ガツン湖周辺の森林が農地に転用されていることも影響を与えています。

パナマは雨期(5月~10月)と乾期(11月~翌4月)がある国です。従来はガツン湖周辺の森林が雨期に降った雨を蓄え、ゆっくりとガツン湖に流し込んでいました。森林が農地になったことで保水能力が弱まり、雨期に降った雨が土の中に蓄えられずにそのままガツン湖に流れ込むようになったのです。ガツン湖はダムで作られた人造湖ですので、雨期に貯水量が基準を超えれば海に放水しなければなりません。その結果、周辺で降る雨を以前のようには有効に活用できなくなっているのです。

パナマ運河では以前から水不足になることは意識されており、対策として2016年に完成した新レーン(新パナマ運河とも呼ばれます)では、水を再利用するための貯水槽を活用するなどの節水策が取られました。しかし、過去にも喫水制限(通常より少ない荷物の船のみ通れる)は発生しており、隻数制限には至らなかったものの通航への影響は存在していたのです。

パナマ運河

パナマ運河

● 短期的要因:エルニーニョ現象(異常気象)
2023年にはエルニーニョ現象による異常気象が重なりました。2023年のパナマの年間降水量は平年比26%減と過去3番目の低水準でした。雨期にも十分な雨が降らなかったことが水不足に拍車をかけました。

通航制限の経緯と影響

水不足に対応するため、パナマ運河当局は段階的に通航制限を実施しました。具体的な通航制限の経緯は以下の通りです。
・2023年6月:喫水制限開始(通常時50フィートから44.5フィートに。それ以降も強化されピーク時には44フィート)
・2023年7月:通航隻数制限開始(通常36隻/日)
・2023年12月:22隻/日まで減少
・2024年1月以降:制限の緩和開始
・2024年7月:ほぼ通常の35隻/日まで回復

船種による影響の違い

パナマ運河の通航制限は海運業界にさまざまな影響を与えました。フーシ派攻撃によるスエズ運河迂回との大きな違いは、通航制限下でも通航が完全に不可能になったわけではなく、ピーク時の6割程度の通航隻数は維持できていた点です。このため、通航制限の影響の度合いは船種によって異なりました。

コンテナ船やLNG船など、貨物の価値(つまりコスト負担力)が高く、スケジュールに敏感な船種は、通航隻数の減少が比較的小幅に抑えられました。ただし影響が出なかったわけではなく、一部のアジア~北米東岸航路でパナマ運河経由をスエズ運河経由(フーシ派攻撃開始後は喜望峰経由)に切り替えたり、喫水制限を回避するためコンテナ積載本数削減(パナマ運河を通れる最大船型では喫水制限1フィートごとに5%強の積載本数削減が必要)、または、喫水制限の影響を受けない小型船への変更といった対応も行われました。

一方、バルカー(ばら積み貨物船)やLPG船など、スケジュールの自由度が高い船種は、喜望峰回りのルートに切り替えるなどの対応を取り、パナマ運河の通航隻数は大幅に減少しました。

通航隻数制限前に信頼・実績のある船会社向けに提供されていた通航優先枠が停止され、代わりに通航権のオークションが開始されました。制限のピーク時には通航権の落札価格が250万ドルにまで高騰したと報じられています。このような状況は、海運会社にとってはコスト上昇やオペレーションの混乱につながりました。

今後の展望と海運業界への示唆

国際研究グループの報告書では、2023年の大規模な水不足は主にエルニーニョ現象が原因とされています。しかし、パナマの経済成長に伴う水需要の拡大や、周辺森林の減少による涵養能力の低下といった長期的なトレンドを無視することはできず、貯水エリアを拡大するなどの対応が計画されているものの、今後も水不足による通航制限が発生する可能性は十分にあります。

ただし、水不足はガツン湖の水量という比較的予測可能な要因に依存するため、フーシ派による商船攻撃のような予測不可能な地政学的イベントとは異なり、ある程度の事前予測と対応が可能であることを意味します。

海運業界にはガツン湖の水量予測の継続的なモニタリングや、対応策の従来以上に丁寧な事前準備・告知、荷主や関連業界ではサプライチェーンの余裕を持った対応がそれぞれ求められます。

結論

パナマ運河の通航制限は、スエズ運河の問題と同時期に起きたため注目されましたが、要因はまったく異なります。パナマ運河の水不足にはエルニーニョ現象という自然現象だけでなく、パナマの経済発展という構造的な要因も影響しており、同様の事態は将来も起こりうると考えられます。一方で、水不足は事前予測が可能なので、海運会社・荷主・関連業界が継続的なモニタリングと丁寧な対応策を共有することにより、通航制限の影響を小さくしていけるでしょう。