日本郵船ってどんな会社?船の世界

外航海運を揺さぶる「制裁リスク」──“違反しない”を仕組みで担保する方法

制裁リスク

日本郵船株式会社 法務・フェアトレード推進グループ
橋本隆明専門官が解説します!

◆はじめに-「制裁は「法務の話」ではなく、現場の前提条件になった」

海を通じて、世界中へ荷物を運ぶ外航海運。一方で、そのために様々な国や地域の経済制裁による影響を受けてしまいます。
世界の海上輸送は、荷動きや運賃といった従来の指標だけでは読み切れない局面に入っています。
経済制裁は、特定国・特定企業との取引を禁じるだけでなく、決済通貨、保険、寄港、船舶の履歴など、「海運では当たり前」とされてきた要素を通じて、日々のオペレーションに深く関わっています。

日本郵船 法務・フェアトレード推進グループの橋本隆明専門官が、「外航海運による制裁リスクへの対応」について「なぜ難しいのか」「どこで見落とされやすいのか」「どう仕組みで防ぐのか」を、リスクマネジメントの視点から分かりやすく整理します。

◆ここがポイント!

・経済制裁は2014年以降、「例外対応」から「常時対応」へと性格が変わった
・米国の経済制裁では、SDN(制裁リスト)の指定確認が、取引先だけでなくその“親会社・実質支配者”まで必要となった
・EUでは、ロシア制裁パッケージを積み重ね、対象者・対象船が拡大している
・制裁逃れと結びつくダーク・フリートは「老齢・無保険・AIS停止」により海難発生とその被害に対する補償不全を招く
・重要なのはリスクベース・アプローチ。トップの関与と現場で回る仕組みづくりが欠かせない

◆制裁は「突然来るもの」ではなくなった

経済制裁に関する近年の大きな転換点として、北朝鮮・イラン制裁の積み重ねに加え、ロシアによる2014年のクリミア併合及び2022年のウクライナ侵攻が挙げられます。
これまで投資や取引が拡大していた市場が、制裁によって急変する事例が相次ぎ、制裁対応は「特別な事案」ではなく、「常に求められるもの」へと変わりました。

外航海運に携わる当社のような企業にとって、制裁はもはや“いつか起きるかもしれないリスク”ではなく、“常に意識すべき前提条件”になっています。

◆米国、EU、日本──似ているようで異なる制裁リスク

米国制裁の特徴は、米国の対外経済制裁を所管する当局 (OFAC) が指定する制裁リストを起点に、取引に米国接点(米国人、米国内取引、米ドル決済)が含まれると、罰則リスクが一気に顕在化する点にあります。
さらに注意が必要なのが50%ルールで、取引相手そのものだけでなく、その親会社や実質的な支配関係まで確認する必要がある点が特徴です。
一方、EUは域内規制としてロシア制裁パッケージを段階的に積み重ね、対象者や対象船を拡大してきた経緯があります。
その結果、寄港や取引、サービス提供の可否判断は、現場レベルでも年々複雑さを増しています。

日本においては、北朝鮮関連が典型的な論点となります。
過去の北朝鮮への寄港履歴が日本への寄港可否に直結するケースもあり、船を借りる傭船契約を結ぶ(チャーターイン)時には「その船がこれまで何をしてきたのか」を遡って確認する重要性が高まっています。

◆ダーク・フリートが示す二つのリスク

制裁回避と結びついて近年大きな問題になっているのが、いわゆる*ダーク・フリート(Dark Fleet)です。
ダーク・フリートとして船籍の不正登録や頻繁な船籍変更によって適切な検査が行き届かない船舶やスクラップ間近の老齢船が使われがちだと言われています。

加えて、船舶自動識別装置 (AIS: Automatic Identification System)の送信停止や、洋上積み替え (STS : Ship-to-Ship Transfer)など危険な運航により航海リスクが高まり、事故が発生する危険性も増大します。
さらに、**International Group of P&I Clubsのような十分な保険に加入していない場合、事故後の被害者救済が不十分になる恐れがあります。 つまり、ダーク・フリートは「事故が起きやすい」だけでなく、「事故後の対応力も弱い」という二重のリスクを抱えています。

* 国際的な法規制や経済制裁を回避して違法な輸送活動を行う船舶
**世界の主要P&Iクラブで構成される国際的な保険連合。船舶事故に伴う巨額な第三者賠償リスクを、クラブ間で共同分担する仕組みを担っている。

◆「完璧」を目指さず、回る仕組みを作る

強調したいのは、実務で機能するリスクベース・アプローチの重要性です。
米国の考え方では、制裁コンプライアンス・プログラムは、①マネジメントのコミットメント、②リスク評価、③内部統制、④テスト・監査、⑤研修という5つの要素を備えるべきとされています。

海運実務に落とし込む具体策としては、AIS履歴の確認と航海中のモニタリング、取引先の身元確認、貨物が制裁対象かどうかを確認するサプライチェーン管理、そして契約条項によるリスク遮断が挙げられます。
加えて、ボルチック国際海運協会 (BIMCO) が定める制裁条項やAIS Switch Off Clause (AISを正当な理由なく停止する行為を制限・是正するための条項 ) など、「やってはいけない運航」を契約で縛る発想も有効だとされています。

◆事例から学ぶ「見落としがちなポイント」

OFACが公表した制裁違反事例の一つとして、豪州物流会社のケースが挙げられます。同社は制裁対象国との取引を多数行った結果、巨額の支払いを伴う制裁リスクにつながりました。原因の一つとして同社が世界各地で多くの小規模事業者を買収したことが挙げられており、この事例から、事業が急拡大する局面ほど、制裁遵守体制の整備が後追いになりやすい点が浮き彫りになりました。

また、大手コンテナ船社の事例では、取引データの管理や体制不備が論点となり、コンプライアンスの「運用」が問われました。

親会社で仕組みを整えても、海外拠点や海外子会社、さらには買収先まで浸透していなければ、違反は防げません。制裁対応は、単なる法務確認ではなく、グループ全体で取り組むリスクマネジメントの課題だといえます。

◆まとめ:制裁を「自分ごと」にするために

制裁は、特定国との取引制限にとどまらず、船舶の履歴、保険、契約、グループ管理までを含む「経営課題」となりつつあります。
とりわけ、ダーク・フリートの拡大は、コンプライアンスだけでなく、海難や保険による補償といった海運の根幹にも影響を及しかねません。

重要なのは、リスクを見極め、トップの関与のもとで、現場で実際に機能する手順と、監査・教育まで含めた仕組みを整えることです。
制裁のニュースを「対岸の火事」にしないためにも、まずは自社の取引、船、組織のどこにリスクが潜んでいるのかを点検することが大切です。