日本郵船ってどんな会社?船の世界

「日本郵船これくしょん」Vol.6 ケミカルタンカー編 ―さまざまな液体化学製品を運ぶマルチプレーヤー

NYK Energy Ocean株式会社保有ケミカルタンカー“Golden Thetis”

NYK Energy Ocean株式会社保有ケミカルタンカー“Golden Thetis”


“Bringing value to life.” ──海を越えて価値を届ける。日本郵船の企業理念を体現するさまざまな船が、今日も大海原を行き交います。「日本郵船これくしょん」では、人々の暮らしと経済を支える船種を、詳しく分かりやすく紹介します。

小回りの利く便利な小型タンカー

ケミカルとは化学。ケミカルタンカーは液体化学製品を輸送するための専用船です。

運ぶ液体はドラム缶などの容器に入っているわけではありません。船内に備えたタンクに直接注ぎ入れて移送します。

そもそも「タンカー」という船は、運ぶ液体や設備、サイズなどによってさまざま種類があります。その中でケミカルタンカーは、外航船(国際航路を運航する船) としては比較的小型の部類に入り、液体化学製品を少量から多品目運ぶことができます。さらに、比較的小さなターミナルにも寄港できるため“小回りの利くタンカー”といえます。

一方で、ガソリンや灯油などの石油製品などを運ぶのはプロダクトタンカーと呼ばれます。ケミカルタンカーとプロダクトタンカーとの区分ははっきりしているわけではなく、扱う貨物によっては両方の船種で運ぶことができるケースもあります。

ここで登場するのが、国際海事機関(IMO)が定める貨物の分類基準です。化学品や石油製品などの液体は危険度に応じて、次のように区分されています。

  • NON IMO:危険度が低く、特別な設備を必要としない液体。
  • IMO Type 3:比較的危険度が低い液体。石油製品や一部の化学製品が含まれ、プロダクトタンカーが主に対応します。
  • IMO Type 2:危険性が中程度で、より厳格な安全対策が必要な液体。多くのケミカルタンカーがこの区分を扱います。
  • IMO Type 1:特に危険性が高く、最も厳格な設備や運航管理が必要な液体。対応できる船は限られます。
つまり、ケミカルタンカーはIMO Type 1・2といった危険度の高い貨物を運べるよう設計されている一方で、プロダクトタンカーは主にIMO Type 3やNON IMOといった比較的危険度が低い貨物を輸送する役割を担っています。両者には明確な境界があるというよりも、「どのIMO区分を扱えるか」で機能の違いが出ているのです。

NYK Stolt Shipholding Pte. Ltd.保有ケミカルタンカー “Stolt Yuri” (12,000重量トン級、アジア地域航路)

NYK Stolt Shipholding Pte. Ltd.保有ケミカルタンカー “Stolt Yuri” (12,000重量トン級、アジア地域航路)


船体の内部は多数のタンクに分けられています。 短距離の地域内航路では14~20基程度のタンクが一般的ですが、遠洋航海船になると30~50基を備えることもあります。それぞれ違う種類の液体を入れられるのは大きな強み。全てのタンクに同じ液体を入れて運ぶケースもありますが、タンクが完全に独立しているため、化学品の隣のタンクにオリーブ油といった具合に、複数種の液体を同時にかつ安全に輸送することが可能です。

ケミカルタンカーは、かつては航海中に複数の港を巡り、異なる貨物を少しずつ積み込んだり降ろしたりすることも多くありました。小口ごとに積み降ろしを繰り返す運航を「パーセリング」と呼びます。

しかし近年、アジア域内の定期航路では貨物の取引単位が大きくなり、細かく寄港すると採算が落ちるため、「1ロットでまとめて積む」運航が主流になっています。

ただし、航路によって事情は異なります。オーストラリア航路では、現地に製油所がほとんどなく、多品種の製品を輸入に頼っているため、例えば18基のタンクがあれば、18種類全て異なる貨物が積まれていることも珍しくありません。アジアから欧州や米国などへ向かう長距離航路では、複数の港に寄港しながら多種多様な貨物を積み降ろすケースも残っており、今なおパーセリング的な運航が行われています。

ケミカルタンカーは「多品種を運べる」という特性を持ちながら、実際の運航スタイルは航路や需要に応じてさまざまなのです。

NYK Stolt Tankers S.A. 保有ケミカルタンカー“Stolt Bismuth”(25,000重量トン級、遠洋航路)

NYK Stolt Tankers S.A. 保有ケミカルタンカー“Stolt Bismuth”(25,000重量トン級、遠洋航路)

多品目に対応するさまざまな工夫

これまで紹介したように、ケミカルタンカーのタンクには、灯油やナフサ、ガソリンなどの石油製品の他、硫酸、メタノール、硝酸などの危険物、そして家庭でもなじみのあるオリーブ油、クエン酸、菜種油、パーム油、さらにリンゴ・オレンジなどの果汁など、実にさまざまな液体を完全に分離させた状態で積むことが可能です。ちなみにメタノールは建設用接着剤の原料や、二酸化炭素排出量の少ない燃料として需要は増大中。パーム油は石けんの材料、硫酸は肥料や農薬、殺虫剤の原料になります。

多種の液体を扱うため、タンクの材質は非常に大事。腐食しにくいステンレス鋼を使ったり、亜鉛ペイントやフェノールエポキシ樹脂でコーティングを施したりしています。積み荷を降ろすために全てのタンクに設置されているポンプも、どんな液体にも腐食しないよう対策された部品を使っています。

タンク内を温めるヒーティングシステムもあります。ある程度温めて、積み降ろしに適切な粘度を保つ必要がある液体用です。タンクの壁にステンレス鋼のパイプを張り巡らせ、高温の蒸気を通しています。

デッキ上にあるアイウォッシュとシャワースタンドも、ケミカルタンカーならではの設備でしょう。万が一にも危険な薬品が人体に付いてしまったときには、直ちに目や体を洗い流すための設備です。

タンク壁に張り巡らさせたヒーティングシステム

シャワースタンドとアイウォッシュを設置

最も大切なのがタンククリーニング作業

ご存じの通り、化学物質には “混ぜるな危険” がたくさんあります。降ろした液体の成分が付着したタンクに、別の液体を入れると危険な化学反応を起こす可能性があります。中には、隣り合うタンクに積むことができない貨物もあります。

さらに「Last 3 Cargo」と呼ばれるルールがあり、過去3航海以内に積んだ貨物の種類によっては、特定の貨物を同じタンクには積んではいけないという制限もあります。化学製品でなくても、植物油が入っていたタンクにそのまま果汁を注いでしまっては台無しです。

そこで、ケミカルタンカーの乗組員にとって重要ミッションなのがタンククリーニングです。

寄港して荷降ろししたら、次の液体を積む前に作業開始。手順は国際規格で決まっています。

一般的な作業手順は、まずタンク内を60~70℃に温めた海水ですすいでから洗剤でクリーニングし、再び海水ですすぎます。次に熱い蒸気を充満させて、壁面のコーティングに染み込んだ汚れを浮かせ、蒸留水で洗い流します。今は船に搭載された設備でクリーニングをしていますが、かつては船員が最後にモップで細かい場所まで拭き取っていました。タンク内を汚さないよう、洗い立ての作業着と靴カバーを着用しての手作業です。汗が落ちてもいけません。頭にタオルを巻いての肉体労働でした。

依頼があれば、タンククリーニングの後に検査官によるチェック(ウォール・ウォッシュ・テスト)を実施します。タンク壁面に付着している物質がないかなど、薬剤を吹き付けて検査し、合格してようやく次の液体を積むことができます。条件をクリアするまで、長いと10日~2週間を要することも。

ケミカルタンカー運航のキモは、顧客から預かった貨物を、積み込んでから荷降ろしまで、品質を維持する細心の注意とノウハウにあるのです。

ウォール・ウォッシュ・テスト

ケミカルタンカーならではの構造とは

ケミカルタンカーの航行に必須のタンククリーニングを迅速に行えるよう、ケミカルタンカーの船体には独特の工夫があります。タンク内の構造物をできるだけ少なくしているのです。

構造物があると表面積が増え、作業の手間も増します。一般のタンカーはまっすぐな壁から補強部材の突起が出ていますが、ケミカルタンカーでは補強部材のない波形の壁にしています。波形形状で強度を十二分に確保しています。

NYK Stolt Shipholding Pte. Ltd.保有ケミカルタンカー “Stolt Satsuki” (12,000重量トン級、アジア域内航路)

NYK Stolt Shipholding Pte. Ltd.保有ケミカルタンカー “Stolt Satsuki” (12,000重量トン級、アジア域内航路)


また、一般のタンカーではデッキでタンクを覆うふたの内側にも船体強度を保つ部材が突出しており、これもクリーニングの邪魔になります。そこでふたの外側(デッキ上)に補強部材を出して、強度を維持しながらタンク内はすっきりとした構造にしてあります。

デッキには多数のパイプが複雑に張り巡らされています。近くで見ると、まるで化学工場の一角のよう。貨物の積み降ろしには各タンクに直結するパイプラインを使うのです。船体にはタンクの数だけパイプの口が並んでおり、これはマニホールドと呼ばれます。陸上の設備とつないで、液体を注ぎ入れます。

パイプライン、船のはなしより流用


日本郵船では、こうした安全・効率の工夫に加えて、環境負荷低減にも積極的に取り組んでいます。その一環として、輸送貨物であるメタノールを環境にやさしい燃料として活用するメタノール輸送船も登場しています。さらに、持続可能な航空燃料(SAF)の原料として注目される廃食油や獣脂の輸送も担っており、社会的にも大きな役割を果たしています。

小型ながら細心の注意が必要なケミカルタンカー。人々の生活に必要なさまざまな液体化学製品を安全着実に運んでいます。

窒素酸化物(NOx)排出を低減した二元燃料エンジン搭載船「SEYMOUR SUN」

窒素酸化物(NOx)排出を低減した二元燃料エンジン搭載船「SEYMOUR SUN」

窒素酸化物(NOx)排出を低減した二元燃料エンジン搭載船「SEYMOUR SUN」

備考

2025年9月現在、日本郵船単体では、いわゆる一般的なケミカルタンカーは持っていませんが、事業としての関与は続けています。Stolt Tankers社との合弁事業を通じて、遠洋航海向けの大型ケミカルタンカーを保有する NYK STOLT TANKERS S.A.(9隻)、アジア域内航路に投入される小型ケミカルタンカーを保有する NYK STOLT SHIPHOLDING PTE, LTD.(11隻) を展開しており、集荷・運航オペレーションはStolt Tankers社が担っています。
2025年4月には連結子会社NYK Energy Ocean株式会社(NEO社)が発足し、日本郵船のケミカルタンカー事業はさらに拡大しました。
さらに、日本郵船はプロダクトタンカー事業にも取り組んでおり、NYK Bulk Asia社が、中型サイズのプロダクトタンカーを計8隻保有・運航しています。その一部では、亜鉛コーティングを施した船をメタノール輸送に投入する取り組みも進められています。