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進化し続けるMarCoPay

フィリピンで浸透するMarCoPay

世界中の船上にある現金は800億円にも上ると言われる。6~10カ月にもなる航海期間中、船員はその期間の給与を現金で受け取ることが少なくない。海運会社は停泊する港の近くの銀行へ送金するが、地域によっては送金手数料が非常に高くつく。国・地域によっては治安の問題で銀行から船へと現金を運ぶ間に保険をかけることもある。船内での現金保管は、管理コストや紛失リスクが大きいことはいうまでもない。こうした課題を電子通貨を用いて一気に解決しようと生まれたのがMarCoPayだ。船員への給与を電子通貨で支払えるほか、銀行や個人間での電子通貨の送金、またフィリピンで普及しているほかの電子通貨への交換、融資や保険の申し込みも可能となる。

2021年のサービス開始からおよそ2年。電子通貨を用いた船員向けライフサポートプラットフォームMarCoPayの利用者数がぐんぐん伸びている。MarCoPayは、預金管理や送金といった単なる金融サービスだけでなく、各種の融資、保険に加えて会員向けのさまざまな割引など、船員のライフステージに必要なサービスをより良い条件で提供する。世界で外航船員を最も多く輩出するフィリピンでは、自国の平均水準を上回る給与所得がある船員であっても、その経済価値が社会とシステムにおいて正しく認知されていない。MarCoPayは船員配乗会社との協力を通じて船員の経済価値を可視化し、スピーディかつ適正金利で融資を実現した。船員自身やその家族、パートナー企業から喜びや満足の声を数多く見聞きするようになり、社長兼CEOの藤岡はこの成果に大きな手応えを感じている。しかしその順調に見える道のりの裏には、大きな決断と覚悟、そして試行錯誤の連続があった。

自らの手で納得のいくサービスを

設立当初は、日本郵船(株)や事業パートナーのTransnational Diversified Groupからの出向者を中心に、20~30人規模でスタートした。2021年6月に出資・参画した総合商社の丸紅(株)や、都市銀行の(株)三菱UFJ銀行からの出向者のほか、地場のフィリピンで銀行やIT企業での勤務経験のあるスタッフを直接採用し、現在は3つの子会社を合わせて総勢80人の社員が在籍する。採用強化の背景にはサービスラインアップの拡充だけでなく、自前のシステム開発組織の強化も要因としてある。MarCoPayの立ち上げ時には、高度なノウハウを持つ外部パートナーとシステムを構築してきたが、実際に運用を開始すると現地の金融システムや規制に合ったシステムが不可欠であることがわかってきた。

「悩みに悩みましたが、現地の船員やそのご家族のニーズに目を向けて、やはり現地に合うものを自分たちの手でもう一度作り直そうと決断しました」。

当時のことを藤岡はこう振り返る。この決断からすぐ、藤岡はスタッフと一緒に現地のニーズ、商慣習、規制、ルールを一つひとつ洗い直し、試行錯誤しながらシステムを自前で組み直した。そこで大きな成果に気づいたという。

「多くの失敗を重ねながらも、だんだん現地に適したシステムが組み上がり利用者数も徐々に伸びてきました。利用者の視点に立ったサービスが提供できるようになったこと、そして何より全スタッフが力を合わせながら目の前の課題に必死に取り組んだという経験は、当社にとってまさに革新的な出来事だったと自負します」。

MarCoPay Inc.について

事業パートナーとともに

給与支払い、送金・現金化、ローンをはじめとするサービスは、2023年には15にまで拡大。その裾野は保険や割引など多岐にわたる。2022年12月には、日本航空(株)(JAL)との業務提携により、MarCoPayで航空券の購入・予約ができる専用ウェブサイトを提供。無料手荷物許容量の拡大など、JALが持つ国内外ネットワークを活かした「旅行商品」カテゴリーのサービスも始まった。まさにMarCoPay経済圏ができつつある。しかし経済圏を作ることが目的ではないと藤岡は断言する。

「当社のミッションは船員とその家族の幸せな生活を支援することです。MarCoPayは電子通貨を基軸としたサービスプラットフォームですが、電子通貨だけで船員やそのご家族の人生を支えるには限界があると考えています。今、私たちは、信用リスクを点数化するクレジットスコアリングの整備や、フィリピンでの金融サービスとの連携を戦略的に進め、利便性の高いバンキングサービスの構築・拡大に取り組んでいます。フィリピンの場合、電子通貨に対して金利やポイントを付与することができず、MarCoPayにそのまま預けておくだけでは何の価値も生みません。船員の資産形成を見据え、2023年後半を目途にバンキングサービスを実装したいと考えています」。

MarCoPayは使い易さにおいても船員のことを考え抜く。洋上では通信が不安定なケースが多く、万一、アプリを使用中に通信が切れてしまったら、自分の給与がどうなるのか不安になるかもしれない。インターネット通信をあえて遅くしたり、遮断したりするテストを繰り返しながらセキュリティを徹底的に強化してきた。構造も、デザインや操作を限りなくシンプルにして、少ない通信量でも軽快に使用できるようにした。

「今でこそ、大手船会社を中心に船舶の通信環境は大きく改善されてきていますが、まだまだ脆弱な船舶も多いです。私たちは、動作を軽くするためにアプリの最適化やプログラムの簡素化、やり取りするデータ量の削減に継続的に取り組んできました。通信環境の悪い船内でも船員が安心して利用できる点は、MarCoPayの競争力の一つと言えます」。

MarCoPayはパートナーや賛同者も交えたネットワークを通じ、フィリピン人船員が乗船することの多い中国やギリシャ、シンガポールといった国・地域の企業とも面談を重ねている。

「今年はギリシャにもチームを派遣、関係者を訪問してきましたが、ESGへの関心の高い欧州ということもあり、人権、つまりWellbeingへの意識が非常に高く、当社のサービス内容や考え方、取り組みを非常に高く評価していただきました。Wellbeingは、MarCoPayの今後の展開における大きなキーワードとなります」。

藤岡の手応えが示すように、ESGに対する世界の関心はMarCoPayの成長の大きな追い風になりそうだ。

MarCoPayはどこまで広がるか

総合商社や銀行の出資・参画、航空会社との提携、フィリピン以外の国・地域への参入。このほか、自動車・農機メーカーとの提携によるフィリピンの産業支援も視野に入る。ゼロから新たな事業を立ち上げるフェーズから、1を10にする拡大フェーズに移行しても、藤岡にとってその1を重視する姿勢に変わりはない。「サービスが広がると、これまでにないリスクや想定外の事態が出てきます」と藤岡も気を引き締める。MarCoPayは今後、フィリピン以外の国籍の船員や船員以外の労働者への展開についても、その可能性を探る。七転八起しながら積み上げてきたこれまでの成果を基盤に領域を広げていく方針だ。船員の幸せと経済力をサポートするという創業来のミッションをぶらすことなく、MarCoPayのESGストーリーはさらに進化していくことだろう。

インタビュー 2023年2月1日

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