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安全なくして成長なし。
企業文化として根付く
日本郵船グループの
安全思考

2023.05.29
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ESG経営の一丁目一番地

日本郵船グループにおいて、自社船・傭船問わず、安全は何よりも優先される課題だ。会長の長澤は社長を務めていた時、ESG思考を社内に根付かせるために、「安全はESG経営の一丁目一番地」であることを常々口にしていた。現社長の曽我もそこは変わらない。グループの安全管理体制のトップは社長であり、有事の際には本店10Fにあるクライシス・マネジメント・センター(CMC)に社長を本部長とする緊急対策本部がすぐさま設置され、対応に当たる。

日本郵船グループの船舶の安全を管理するのが海務グループ安全チームのメンバーだ。船長経験者から陸上事務職まで総勢6人で構成される。また各事業本部のほか、主要な船舶管理会社にも安全管理担当者が配属されており、これらの安全管理担当者と常に連携を取りながら、世界中で運航する船舶の安全・危機管理をしている。テロリズムや海賊への対応だけでなく、難民、地震、津波、台風、ミサイルの発射などが発生した際も安全チームが動く。近年では新型コロナウイルス感染症への対応にも当たっていた。常に緊張を伴う激務の中、陣頭指揮を執るチーム長の神谷は、「国内外のグループ会社を含めて、グループ全体が一丸となって安全の確保に取り組んでいます。経営陣をはじめ、安全に対する投資判断は極めてスピーディーです。乗組員の命を守るという大きな使命感を持って、この仕事に取り組んでいます」と力強く語る。チーム員の森田もこう話す。「経済性と安全性を天秤にかければ、必ず安全性を優先するのが当社の企業文化です。もし運航上の危険性があれば対策を検討しますが、安全に対するリスクが残る場合は迂回するルートを選択します。安全を犠牲にすることはありません」。安全意識のレベルの高さがここに明確に示されている。

先人から受け継ぐ安全

日本郵船グループの歴史は安全への取り組みの歴史そのものだ。日本郵船のシアトル航路の貨客船として1930年に竣工した「氷川丸」は、万一の浸水に備えスライド式水密扉による10の水密区画を設置しており、現代から見ても非常に高い水準の安全性を有した船舶となっている。当時では革新的な最新鋭船であったことは言うまでもない。安全チームには、およそ90年前の海難事故、安全対策に関する資料が受け継がれている。社長をトップとする安全・環境対策推進体制は1992年に立ち上げられ、社長を委員長とする「安全・環境対策推進委員会」も2001年に設置し、今日に至る。 社長と現場の船長・機関長が直接意見を交換する場も毎年設けられている。2022年は9月に実施され、社長をはじめとする役員22人、陸上の営業や運航に携わる社員、そして船上・休暇中の海上社員を含む合計約170人が参加した。経営陣は現場の軽微な要望に至るまでつぶさに聞き取り、船内環境の改善に繋げる。安全チームが吸い上げた現場の意見や要望を社長に直接伝えることも少なくない。創業来、受け継がれてきた現場を大切にする風土が、日本郵船グループが国際海運に誇る安全の土台となっている。2021年に安全チームに着任した井上は、「船内の課題が、安全チームを通り越してすぐさま会社の課題として認識されるスピード感に驚くとともに、感動すらしました」と話す。

しかし、平時が続くと安全への意識は薄れてしまいがちだ。チーム員の森は愚直に取り組むことの重要性を強調する。「成果が見えにくいのが安全です。だからこそ社長と現場の懇談会をはじめ、さまざまな取り組みを毎年積み重ねることがとても大切です。くどいと思われても、愚直に言い続ける信念を持って仕事をしています」。加えて、森は現場での安全に対する課題をこう指摘する。「今でこそ安全管理に関する規程が整っていますが、明文化が難しい船員にしかわからない職人技があります。星々を読み、風を感じて、五感で船を動かす大切さを私も学びました。可視化できないところにこそ、現場の真価があります。安全管理規程によって現場が硬直化しないよう、そうした勘やコツをどのように後世に伝承していくかが課題だと考えています」。森田も同様に、「事故が起こるたびに、同じような事故を繰り返さないためにオペレーションを見直します。むやみにオペレーションを追加し業務量が増えることで、現場の負担が増え別の事故を誘発してしまっては意味がありません。対策はもちろん重要ですが、取捨選択も同じくらい重要な課題だと思います」と語る。

共創の精神で安全をさらに作り込む

安全チームが目指しているのが、重大事故「ゼロ」と遅延時間「ゼロ」だ。重大事故とは死亡事故や社会的影響の大きい事故のことを指す。日本郵船グループでは、1997年7月2日に発生した原油タンカー「ダイヤモンドグレース」の東京湾中ノ瀬原油流出事故を教訓として、毎年7月1日から2カ月間、安全運航の重要性をすべての社員が再確認するためのキャンペーンを展開している。2022年は、国内外の役員・社員401人が241隻を訪船し(オンラインツールを活用したリモート訪船も含む)、重大事故ゼロを目指した安全推進活動を実施した。さらに、同キャンペーン期間中には、自社船が他船と衝突する重大事故が発生した想定で対応訓練も実施している。当訓練は、国土交通省、海上保安本部など社外関係者の協力の下で行う実践的な訓練となる。井上は、「訓練のシナリオは現場社員(海技者)がゼロベースで練り上げています。社内のレポートラインはもとより、社外でも、どの省庁の誰に連絡すれば対策がスムーズに進むか、というところまで徹底して詰めています。ここまで安全を作り込む企業グループということをぜひ知ってもらいたいです」と、その舞台裏を語る。一方、遅延時間は、事故・トラブルによって運航が停止した時間のことを指し、1隻当たり10時間以内を目標としている。2022年は1隻当たり15.6時間という結果となった。この30年間でいまだ目標を達成した年はないが、運航隻数が増え続ける中、着実に改善傾向にある。メンバー全員、目標達成に向けて強い意欲を示す。

安全対策は極めて地道な取り組みだ。しかし、チーム長の神谷は安全意識醸成に向けた仕掛けづくりにさらに注力する。「さまざまな取り組みを継続していくことに加え、過去3年間、オンラインで実施してきた現場とのやり取りを対面に戻します。国土交通省や海上保安庁、日本船主協会といった外部機関との連携もさらに強化していきます。また、安全に関する情報発信にも注力していく考えです」。普段は意識されなくても、ひとたび事故を起こせば、レピュテーションを大いに毀損させることになる。競争戦略上、安全への強い意識と徹底的な取り組みがいかに重要か改めて問うまでもない。

インタビュー 2023年4月18日

  • ※ 氷川丸
    1930年に横浜船渠(現、三菱重工業(株))で建造され、太平洋戦争では病院船として運用された。戦後、貨客船として復帰し1960年まで運航
    (参考:日本郵船氷川丸ウェブサイト 日本郵船氷川丸|氷川丸の歴史 (nyk.com)
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